梅雨に入り、雨の日が続きますが、ときおり雲間から覗く陽射しは強く、夏が近づいてきていることを感じます。

さて、このような時候の挨拶は、日本人なら誰でも聞いたこと、あるいは読んだことがあるかと思います。スマートフォンやSNSの普及により、手紙のやりとりが少なくなった現代ですが、このような季節を感じさせる挨拶は今でも残っています。

先日、生徒に授業で二十四節季と七十二候の話をしました。生徒も「立春」「立秋」、「夏至」「冬至」など世間で話題になるものは知っているようでしたが、それ以外のものは初めて聞いたといった様子でした。本日621日は「夏至」ですが、そのひとつ前の節季を御存じでしょうか。65日~20日前後の季節を「芒種」といいます。「芒種」とは稲や麦など穂の出る植物の種を蒔く頃のことをさします。生徒からすれば「地味」で「よくわからない」節季だと思います。しかし、これは日本人が四季とともに稲を育て米を食していたことを強く感じられる節季です。

都会に住み、日夜建物の中で過ごすことの多い私たちでも、暦を通して季節を感じることができます。それはとても素敵なことではないでしょうか。日本のこまやかな季節の変化を暦とともに感じていきたいと思う日々です。

国語科H

今週末、17日(土)は体育祭です。今日はその練習の様子を少し紹介したいと思います。

小野学園の体育祭の色分けは赤組、白組、緑組の三色です。例年、色分けは全校縦割りでした。しかし今年は、より一層クラスの団結を高めること、学年を超えた関わりを深めることを目標に、クラスごとに色分けをすることになりました。さらに、応援合戦が種目別の一つとして、得点が加算されることになりました。各色、応援団長を中心に例年以上に練習に熱が入っています。

応援合戦は全校生徒が参加します。全員が揃ってできる時間は早朝しかありません。遠方から通学している生徒も多い小野学園ですが、そこはみんな協力して30分以上早く登校して練習です。応援歌を覚えて、踊って、みんな本当によく頑張っています。

体育の授業では、個人種目の練習も行われています。徒競走などの個人種目のほか、毎年新企画の学年種目も見どころです。6年生は伝統のマスゲームの練習に力が入ります。先輩たちを目指して、先輩たちより立派な技を発表したいと日中のグラウンドで汗を流す姿は、胸を打ちます。

さて、体育祭は明後日です。お天気はどうやら大丈夫そうなので一安心。これまで頑張ってきたみんなの練習がどういう形に仕上がるのか、とても楽しみです。

6月5日(月)から3週間の予定で教育実習生が来ています。

大学で国語の教員をめざして大学では勉学に励み、その最終仕上げとしての教育実習です。

彼女は中高6年間、小野学園で学び、吹奏楽部に所属していました。中1の頃はまだ幼さの残る小さな女の子でした。初めて高校生と一緒にコンクールに参加した後はメキメキと上達し、高2では吹奏楽部初の「金賞」受賞の大きな原動力となりました。

そんな彼女から「将来は教員になりたい」と聞いたときは、とても嬉しく思ったことを覚えています。「先生なんて大変な仕事」「絶対先生にだけはなりたくない」などという生徒の声を聞くたびに、私は複雑な思いでいました。たしかに思春期の女子を相手にするわけですから、授業以外にもいろいろ苦労は絶えませんが、「未来につながる人を育てる大事な仕事」だと思っています。そんな教育の道を選んだ卒業生がいたことで、教員の道を選んだこと、その道を今まで歩んできたことに、私自身が勇気をもらったような気がしました。授業案作成、担任業務の仕事、授業見学と毎日が忙しく、寝る時間もないほど授業研究をやっていることとは思いますが、「こんな先生になりたい」という理想や熱い思いを大切に頑張ってほしいと思います。

彼女が一人前の教員として教壇に立てる日が来ますよう、心より応援しています。

笛吹きカエル

 5月25日(木)東京私立立中学高等学校協会の定期総会が行なわれ、その前半に永年勤続者として表彰されました。永年勤続者とは専任教諭・職員として25年間務めた者のことで、本校では私を含め2名の該当者がいました。このような表彰をいただくときは決まって25年間を振り返ると・・・となるわけですが、私自身はあと12年しかないと思うと寂しい気持ちになります。私にとって教諭という仕事は天職なのでしょうか。決して楽な仕事ではなく、学校や教諭に求められることも多くなってきました。しかし、私は生徒達の成長に携われるこの仕事に最大の魅力を感じています。また生徒や保護者から感謝されることもあります。そういったときはとても幸せを感じ、活力がわいてきます。まだまだできることはたくさんあると思います。今後も一教諭として倫理観と使命感を持って職務の遂行に励みたいと思います。

体育科 F

我が家には、2歳半になるおしゃべりな女の子がいます。彼女は、おしゃべりが得意で3歳半ぐらいの子であれば、口では負けないほどの日本語を習得しています。体は(遺伝的に考えても)小さいのですが、言葉を身に付けるのは早かった方だと思います。

そんな彼女が生まれた時は、この子はどこか異常があるのではないかと思うほど、ずっと泣いていました。とにかく抱いていなければ、お許しが頂けませんでした。また、赤ちゃんは寝る方法も知らないようで上手く寝ることも出来ないようです。親はなかなか寝かせて貰えません。ボロボロになりながら赤ちゃんを抱っこし、ようやく寝てくれたと思い、ベビーベットにそっと寝かせようものなら、泣き叫ぶ。彼女の背中には泣き叫ぶスイッチが付いていました。決して置いてはならない、本当に何かの爆弾かと思ったほどです。このように我が子の0歳の子育ては大変なものでした。

恐らく初めての子育てというのは、親も初めてなので上手く出来なかったということもあるのかもしれませんが、本当に良く泣いていました。私は、まだ33歳とまだまだ若輩者ではありますが、一般的にはそれなりの精神修行も積み、体力の衰えはあるものの忍耐力、精神力は貧弱な方ではないと思ってきました。しかし、いざ24時間置いてはならない我が子を目の前にして、いわゆるニュースで流れる幼児虐待を現実として起こりうるなと思ってしまったのです。子育ての経験がない時には、なぜそんなことが起こるのか全く理解出来ませんでした。子供が欲しくて産んでおいて、無抵抗な子供に対して虐待をするなんて、大人になりきれていない未熟な人間がすることで、身勝手も甚だしいと思っていたからです。もちろん今も虐待は絶対に許されない卑劣な行為だと思っています。

現代の子育ては、昔に比べて家族構成が少ないため子育てにかけられる人手や人の目が少ないのが現状で、子育てを孤独と感じる母親は多いと思います。私自身、夫も私の母も手伝ってくれましたが、やはり日中は自分と子供と2人なので、孤独を感じていた程です。幼い命を守る責任感からくるプレッシャーや誰も頼れない状況、産後の体調など、色々な要素が組み合わさって、そういった精神状態になっているのだと思います。これが産後うつというものなのかもしれません。これは、泣き叫ぶ赤ちゃんから24時間離れることのできない2人だけの環境で過ごした母親だけが感じる感覚だと思います。

しかし、同じ月齢の赤ちゃんを見てみると、本当にこれが同じ人間の赤ちゃんか?と思うほど、大人しくてずっと寝ている赤ちゃんもいました。なんて親思いの良い子なんだと思いました。もちろん自分が見ていないタイミングで泣いているのだとは思いますが、我が子がとにかく泣く子だったので、信じられませんでした。

今、2歳半になったおしゃべりな娘を見ていると、彼女が良く泣き叫んでいたのは、きっとおしゃべりしていたんだなと思います。言葉が話せない代わりに彼女の中で訴えたいものを泣き叫ぶという方法で表現していたのだと思います。今はとにかく喋り続けています。今では嘘も覚えました。2歳半でも嘘がつけるのかと勉強になります。

0歳児の子育ては、自分自身が良く生き延びたなというのが本音ですが、終わってしまえば、あっという間の出来事でした。こうした経験から個性を考えてみると、ある時期には世間から否定されることがあっても、どこで芽がでるか分からないからこそ、一人ひとりの個性を大切にしなければならないなと改めて感じることができました。

 先日、電子黒板のプレゼンテーションがありました。本校には数年前に導入した電子黒板が数台ありますが、使用する先生が毎回教室まで持ち込んで配線、PCの立ち上げをしてから授業をおこなっています。授業準備に相当の時間を割くことになるので教諭の負担が多く、タブレットとの連携がとれないためなかなか効率のよい授業が展開されていないのが現状です。また、今の機能だと使用する必要性のない教科もあり、あまり発展的な授業や参加型の授業が展開されていません。今回の提案は数年前CEATEC JAPAN(幕張メッセで開催されるアジア最大級の規模を誇るIT技術の国際展示会)や教育ITソリューションで見たことのある機能が進化し、たくさん盛り込まれていりました。一番の魅力は教諭の負担が大きく減るところです。電子教科書に必要事項を書き込み、全生徒に配信できる機能や教科書・資料・写真などを持ち込んで書画カメラで取り込み、そのまま書き込み・配信ができる機能もありました。今まではスキャンしたデータを毎回貼り付けて加工していた作業がなくなり大幅な時間短縮になります。また、体育の授業では跳び箱を跳ぶ動作を録画して書き込むことができる機能もありました。板書する時間などの短縮により、参加型でなおかつ協働的な学びが展開されることが期待できます。まだ採用される日は決まっていませんが、楽しみが1つ増えました。

体育科 F

ガーデニングクラブで「蘭の花を育てる運動」に参加するようになって2年目になります。「蘭の花を育てる運動」とは、毎年東京ドームで開催されている世界らん展の取り組みの一つで、学校などの団体がランの栽培を通して、自然を大切にする心を育むというものです。観察記録や育てたランは会場のそのコーナーに展示されます。

10月下旬に開催事務局からランの株をいただき、2月の展示会に向けて世話をしていきます。顧問である私もそれまでランを育てた経験はなく、教えていただきながら生徒たちとともに取り組んでいます。

初めて参加した昨年は、暖かい教室で栽培を始め、早くも11月には花が咲きました。2月の展示まで花をもたせるため、置き場所を移動させるなどしてなんとか調整しました。その教訓から、今年は少し涼しめの場所に置いて、栽培を始めました。花が咲かないまま年を越し、年が明けてから日がよく当たる暖かい教室のほうへ移動したところ、順調に芽が伸び、花が咲いてくれました。今年はちょうど見頃に展示することができたのではないかと思います。昨年育てたランも再び芽を出して咲いてくれて、感慨深いものがありました。世話をしているランがやっと咲いた時は生徒たちも喜んでいる様子で、普段口数の多くないある生徒が少し興奮気味で「咲きましたよ!」と報告してくれてこちらも嬉しくなりました。

先日、高校一年生2人と一緒に会場に展示するランを無事搬入してきました。準備の続く会場内の熱気を肌で感じ、らん展への期待が高まりました。今年も温度や環境に素直に反応をくれるランから多くのことを学ばせてもらったと感じます。

なお、世界らん展2017は本日より217()まで東京ドームにて開催されています。多くの方にご覧いただければ幸いです。

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みなさん、こんにちは。お元気でしたか?美人教師Yで~す。

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東京の街は、クリスマスが終わると、あっという間にお正月へ模様替えですね・・・。みなさんはどのようなクリスマスを送りましたか?きっと思い出深い時間を過ごしたことと思います。11月下旬、街並みもクリスマスっぽくなり、あ~もうこんな時期なんだなあ~早いな~と思いながら自宅に帰ったら、イギリスから懐かしい方から手書きのクリスマスカードが届いていました。

彼女は40年ほど前、ロンドンに住んでいたころ隣に住んでいた3歳年上のお姉さんで良く一緒に遊んでもらった方です・・・。何となく彼女とは年に一回クリスマスカードのやり取りをし続け、気づいたら30年以上の月日が経っていました。しかし、ここ数年はメールアドレスを交換し、クリスマスになるとメールが来て私も簡単なメールを返す程度というのを繰り返していました。そんな中、ポストに入っていた、彼女の懐かしい筆記体の文字をみて、なんだが温かい気持ちになりました・・・。

そう言えば彼女のお家には、おじいちゃんや親せきや友達など大切なたくさんの方々からいただいたクリスマスカードが出窓に飾られていたなあ~とふと思い出します。どれも手書きの雰囲気のあるカードばかりでした。イギリス人にとってのクリスマスカードは日本人にとっての年賀状みたいなもので、とっても重要なものです。コンピューターが発達した今でも、絶対に手書きです。こういうイギリス人の伝統を大切にするところは、凄いなあと思います。

我が家の年賀状は、便利さに負けて、印刷ですが、手書きのカードって、やっぱりもらうと嬉しいですよね・・・。贈る人の顔を思い浮かべながら、一枚一枚メッセージを書く。イギリス人のそういう心のゆとりを大切にしないと!と思う今日この頃です。

皆さんも来年はぜひ手書きのクリスマスカードを書いてみてはいかがでしょうか。きっと書く側もいただいた側もなんだか懐かしく温かい気持ちになれますね・・・。

美人教師Y

最近、仕事と生活のバランスをどのようにとるのかと言う話題をよく聞くことがあります。

ニュースでは、大手の広告代理店の過剰労働による自殺、働きすぎによる疾患など、ワークにウエイトを置いた情報が多く報道されています。

その反対に、自分の時間や趣味を大切にしたいので、と言った理由からフリーターを選択している人もいるようです。

先日、私が応援しているF1レーサーが突然引退を発表しました。

彼は今年、初のワールド・チャンピオンを獲得した矢先の引退発表でした。

私も来シーズンは、鈴鹿で観戦したいなと思っていたので、かなりのショックでした。

しかし、彼の引退の言葉の中には、『すべてを犠牲にして戦ってきた、家族との時間を大切にしたい』と書いてありました。

現在のF1は、最速350km/hの速さで競っています、ちょっとした操作ミスやレースバトルで、死と隣合わせの戦いです。

モータースポーツファンにとっては、そこが見どころなのですがレーサーやその家族にとっては、どれほど大変なことなのかは想像以上だと思います。

レーサーになっている人たちが、インタビューで良く口にする言葉に『レースバトルが大好き』と言っています。これは彼らが仕事としてだけではなく、大好きな趣味や楽しみにも近いものに携わってるということを意味しているように思います。

彼はワールド・チャンピオンになるという目標を掲げ、レースを戦うということは、楽しさから離れて仕事で成果を出すという目的のためにレースに出場することになってしまったのではないのでしょうか?

人の気持ち、モチベーションはどんなに厳しい仕事でも、それを楽しいと感じていると、周りから見てとても、大変なことをしていても当事者は苦痛と思いません、けれど、ひとたび『なぜしなければいけないの、ほかにしたいことがあるのに、時間が無駄、頑張らなければ』と思った段階で、疲労やストレスとなってしまうのではないのでしょうか?

もちろん、ニュースなどで報じられているハードワークにあたる事件が、それに該当しているとは思いませんが・・・

私たち教員も、生徒との時間が楽しい一緒に学びたいという気持ちが強ければ、生活の一部になってきます。夏休みなど長期の休業に入ると、生活リズムが崩れてかえって体調不良になってしまうこともあります。

すべての人に与えられた、唯一の平等は時間です。1日24時間をワークライフバランスを考えて過ごすことは、単純にワークとライフを2で÷のではなく、どちらも楽しめるとバランスが取れるのかなと、私は考えています。  <あくまでも私の考えですが・・・・>

これから進路を決定する皆さん、長い人生を意義のある楽しいものにするために、心も体もしっかり鍛えてくださいね。本当の楽しさは苦労しないと味わえないのも事実ですから・・・

                                                                           Iより

こんにちは、ドラすけです。
2年前から小野学園には放送部ができ、今はその顧問をしています。

と言っても実はその前は放送委員会という名前で活動をしていました。
このときは各クラスから委員の生徒がいたので、人数の確保には苦労しなかったのですが、部活動となったときは人数が集まるのか不安でした。

それでも何とか人数は格好がつく程度には集まり、何とか活動を維持することはできました。
しかし、以前から校内の活動に限定していたので、生徒達の動きに限界がありました。

そこで今年から思い切って外の大会に出ることにしました。
まずは6月のNHK杯の放送コンテスト。
ここに高校3年生の2名を連れて行って参加しました。
自分にとっても初めてのことなので、まずどういうものなのか雰囲気をつかもうとすることが目的でした。

その中で驚いたのは各学校ともすばらしい発表をしていたことでした。
もちろん小野学園から参加した2名もとても頑張ってよい発表をしてくれました。
放送というと内輪の活動で終わってしまうものだとばかり思っていましたが根底から覆りました。

ぜひこの活動を他の部員にも見せたい!

そんな気持ちから9月の東京都高等学校文化祭には高校2年生以下全員を参加させることにしました。
目標は賞を取ることではありません。
まずは外の世界を見て、今後の活動に影響させてもらいたかったのです。

早速、各学校の朗読やアナウンスの発表が始まりました。
甘い気持ちで大会に参加した部員達はあまりにもガチな内容に驚いた様子でした。
それでも後半には、すでに発表の終わった部員が他の部員の練習の面倒を見るなどお互いの動きが明らかに変わってきました。

そして各自が講評をもらって読んだときの落胆と喜び。
今回の経験はきっとこの部員達によい影響が残ると確信しました。

いよいよ今年度も活動は後半戦。
やがてはこの活動が先輩から後輩に受け継がれ、いつか誰かが賞をもらうことができたらもっと成長できると思います。
そんな日を楽しみにしています。

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