12月・師走に入り、今年の1年を振り返って見ました。

まず、1年がなんと早いことか、また何か残すことができたかな?といろいろ反省することばかりです。

しかしながら、生徒の皆さんと取り組んだ部活動では、今年も沢山の思い出と、成果を残すことができました。

バルーンアート・ハンドクラフトクラブでは、毎年参加しているプロの大会JBANが、今年は岩手県・盛岡市で開催されました。

※こちらの写真が完成写真です。

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せっかく行った盛岡では、名物の「盛岡冷麺」・「じゃじゃ麺」と食いしん坊の部員(本当は私自身)は地元の味を堪能しました。

当日の様子は、東京では見られませんでしたが、岩手放送などで紹介されました。

もうひとつのクラブ、インターアクトクラブでは年次大会で、チベットの歌手バイマーヤンジンさんのお話を伺いました。チベットと日本との違いから始まり、人や物、自然を大切に生活する人々の様子など、とても楽しく心に残るとても素敵なお話でした。(機会があったら皆さんに聞いていただきたいと思います)

是非、来年は今年以上に沢山のことに挑戦したいと思っています。

家庭科 I


1125日に合唱祭が開催されました。

合唱祭は二部構成で行われ、第一部は中学生および音楽選択の高校生による合唱、第二部はプロオペラ歌手4名による「歌曲」でした。

どのクラスもよく練習を積み、素晴らしい発表ができました。

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プロの特別演奏は迫力があり、生徒は皆感動している様子でした。

思い出深い合唱祭となりました。

 みなさん、こんにちは。お元気でしたか?美人教師Yで~す。

 もうじき師走ですね。2017年の1年間を振り返る季節となりました。みなさんにとってどのような1年でしたか?この時期になると、街頭でも年賀状のハガキが売られているのを見かけますね。ちょうど先月、先生のクラスの卒業生が、久しぶりに学校に来ました。彼女は現在郵便局に勤めております。その彼女が「新年のご挨拶にぜひ当郵便局で年賀状の購入をお願いします。」と。すっかり社会人ぽくなった彼女が丁寧に言いました。その姿に先生はとてもうれしく思い、感動しました。「よし、今年は彼女のためにもたくさん購入しよう!!」と少し多めに注文をしました。昨年はちょうど喪中だったため、毎年来る年賀状を楽しみにしていた私は何だが寂しい気持ちになったのを思い出します。実は先生は年賀状を出すのが大好きです。小学校時代から現在まで関わった友達や先生など人生で関わったたくさんの方たちへ毎年年賀状を送ります。

 ちょっと考えてみてください・・・。今までの皆さんの人生の中で、たくさんの出会いがあったと思いますが、その中で、今も頻繁に顔を合わせられる人はごくごく一部のはずですよね・・・。そういった久しぶりの方に、いきなり電話をしたら「何!?」とびっくりされるかもしれませんが、年賀状ならむしろ「覚えていてくれたんだな~」と喜ばれるものだと思います。それって、不思議で、とても素敵なことだと思いませんか?引っ越しした時に整理をしていたら、懐かしい方の年賀状を見つけたことがありました。何年も音沙汰のなかった相手に思い切って年賀状を出していたら、返事が来ました。「年賀状を送ってくれて本当にありがとう。嬉しかったです。」と書いてありました。先生もお返事が来てうれしかったです。その彼女とは今でも年に1回年賀状のやり取りをしています。

 いかがでしょうか。できれば一年に一度、大切な人や昔お世話になった方々への「元気です!」を送ってみてはいかがでしょうか?年賀状という文化がどんどん薄まっているからこそ、きっと暖かい気持ちを届けられますはずです!年に一度の「お元気ですか?」は、誰が誰に送ってもいい、魔法の手紙だと思いませんか?今年も新年にポストから懐かしい魔法の手紙をいただくのを楽しみにしております・・・。 美人教師Y

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ドラすけです。
今年も放送部は高等学校文化祭の放送部門に参加してきました。

今年はただ参加するだけではなく、より技術の向上を目指すことにしました。
昨年参加して、部員達が少し意識してくれた成果だと思います。

さて、朗読とアナウンスの原稿を作り、一人で読むだけではなく視聴覚室を借りて部員みんなの前で一人ずつ原稿を読み上げる練習を何度か繰り返しました。
ただ読むだけでなく、一人が読み終わるたびにみんなで批評をしました。

社交辞令が飛び交うと思いましたが、思ったよりお互いにきつめに的確なアドバイスが飛び交います。
「声が出ていないから立って読んだ方がいい。」
「もっと抑揚をつけて話すべき。」
「しっかり口を開けて。」

でもそれだけではありません。
2回目の読み上げが終わって再度批評をしあいます。
「うん、さっきよりずっと良くなった。」
「1回目より聞きやすくなっている。」
すると、批評された部員の顔が明るくなります。

ただ、厳しい評価をするのではなく、良くなったところは素直に評価する。
これがお互いに意見することの大切さなのでしょう。

大会の結果はどの部員も確かに昨年より評価が上がっていました。
やったことの結果がしっかり出ているということがよく分かります。

来年もまた一つ課題を乗り越えていきたいものです。

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昨日に引き続き、孵卵を続けていた卵の中をのぞいてみました。

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孵卵3日目の胚は、眼も形成されつつあり、心臓がしっかり動き、血球もできています。

動画①

動画②

体外に血管が発達してきていますが、何故、体外に血管が必要かわかりますか?

実物を見た感動から、疑問をもったり、考えたり、学んだり。

理科の授業で一番大切にしたいことです。

授業も残りわずかの高校3年生の選択生物での実習です。

ピンセットで慎重に殻を割り、

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胚の部分だけを切り出して、

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シャーレに移して、

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実体顕微鏡で観察しました。

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孵卵開始2日目の胚です。

脳や眼、心臓、背骨のもととなるものが形成されていることが観察できました。

高校3年生の実験への取り組みは真剣そのもの。

この慎重さと器用さ、粘り強さは、大学受験や進学後の学習においてもきっと役に立つはずです。

頑張れ、受験生!!

私が女の子だから、成長を祝福されません。私が女の子だから、子どもなのに労働をさせられ、遊ぶことも学ぶことも許されません。私が女の子だから、まだ12歳、13歳なのに望まない結婚をさせられ、望まない妊娠をさせられ、また暴力にもおびえなければなりません。私が女の子だから、発言権も何かを主張する権利もありません。(公益法人 インターナショナルジャパン ホームページより抜粋)大変痛ましく、腹立たしいことですが、これらは、ある特定の地域やコミュニティーでのみのことではないと私は思っています。むしろ、ほとんどの世界で起こっている、若しくは起こりうることです。

最近、いささか下火にはなりましたが、"女子"力という言葉が使われます。多くの人が何の抵抗もなく使っているこの言葉が私は大嫌いです。この場合の "女子"力というのは、例えば、料理ができる、相手にやさしい気遣いができる、"女性らしい" 態度、言動ができる...といったことでしょう。然し、これらは女性のみならず男性もできなければならないものである(殊更に "女子" であることを強調する必要性がない)、あるいは女性が男性より一歩下がった状態であることを是とする(控えめである女性がよしとされる)考え方が根底にあるものです。これらの考え方というのは、冒頭に述べたような事象を支える考え方の1つであると私は考えています。だから、私はこの言葉が大嫌いです。そもそも、"男子"力という言葉はありません。"男の中の男" は褒め言葉ですが、それと対になるはずの "女の中の女" という言葉は、極めて不思議なことに、存在しません。"雄々しい" は褒め言葉ですが、"女々しい" は逆です。言葉の上だけでも、ちょっと考えただけでも随分変なことがあるものですね。

"女性が活躍できる時代" と言いますが、まさかそれは "女性だけが" 家庭でも職場でも活躍しなければならないということではないでしょうね?若しそうでないならば、"男性も同様に活躍できる"とでも言っていただきたいものです。"女性だから" 両方の荷を負わなければならないのですか?きっと、多くの女性がそう感じている、若しくはこの感じ方に共感を覚えると思います。

あるテレビ番組では、町中で若い女性のみに料理をさせて失敗するのを笑いものにしています。若しそれが、私のようなおじさんにも同様のことをしているならば、それでも下品だとは思いますが、まだわかります。でも絶対そんなことはしないでしょう。何しろそんなことをしたらおじさんたちに怒られてしまいますから!若い女性(女の子と言っても良い年齢層の人)だから、こうしたことも笑って受け流さなくてはならないのでしょうか?料理は男性だってできなければいけないはずですが、女性というだけで料理ができないことを笑われなければならないのでしょうか?

このようなことは枚挙にいとまがないほどありますが、これらは遠い国のことではありません。私たちの周りのごく普通のありふれたことです。つまり、女性が不利になるような状況は十分過ぎるほど存在しているのです。

成人した女性ですらそうなのですから、"女の子" ならばもっとひどいことになっているでしょう。女子校の教員として、"女の子" だからなどという理由で女の子だけが理不尽な我慢を強いられるようなことがないよう、少しでも女の子が生きやすい世界であって欲しいと心から願います。また、その為に、無力ではありますが、少しでもプラスになるように努力したいと思います。

数学科 H.T

 先日、中学2年生の理科の授業でイカの解剖を行いました。軟体動物であるイカの構造や特徴を学び、それらを確かめるために、3人で1杯ずつ実験を行いました。

 外形の特徴・内臓や各部分・貝殻の痕跡・性別など・・・ほとんど確認できたところで、ある班から「先生、何か動いています!」と声があがりました。2日前にスーパーで購入したイカなので、イカ本体が動くことはありません。しかし、その物体は確かに動いていました。場所は、イカの腸内・・・そしてその正体は、寄生虫のアニサキスでした。イカ本体が亡くなっていても、元気に動いており、初めて見た生徒たちは「すごいね~」と感動していました。

 イカ(軟体動物)のからだのつくりや特徴を確かめるために行った実験でしたが、思わぬ発見にそちらの方に興味がいってしまったようです。食中毒の原因として注意されているアニサキス。今回使用した5杯のうち、見つかったのは1杯でした。

 実験を通して改めて、教わったことをただ確認するだけではなく、気になったところをさらに観察したり、考えたり、実物に触れることが大切だなと思いました。

                             

理科O

 社会科Eです。私は本校で防災・防犯訓練の担当となって3年目となりました。そんな中、江東区にある「そなエリア東京」を訪問する機会がありました。「そなエリア東京」は国の災害応急対策の拠点として整備された6.7haの国営公園、6.5haの都立公園の計13.2haの広域防災公園の中にある防災体験学習施設です。私は「東京直下72h TOUR」を体験しました。

 まず11人にタブレットが配布され、冬の18時に震災が起こったときに施設内にある街を移動し、「外出先で地震にあったら? 」「自分の住むまちで地震にあったら? 」という2つのシナリオで建物ごとにタブレットのクイズに答えていきます。答えた後はその建物で想定されることが動画で流されました。

そして、再現された避難場所へ移動し、起震機による揺れの体験や避難所での状況を動画でみる体験を行いました。さらにガイドさんによる壁のグラフィックを使いながら津波の説明がありました。

最後に映画「シン・ゴジラ」に使用された現地災害対策本部をのぞき、中学生と小学生の兄弟がお台場へ出かけているときに地震にあうドラマを鑑賞しました。

この体験を通じて、私自身も改めていつ大きな地震がおこっても冷静に対応しなければいけないこと、そのためには普段からの心がけが重要であることを認識させられました。「家の食事は何日間用意していますか?」「避難用の持ち物をまとめていますか?」という質問に対して、どのように答えますか?ガイドさんはカバンに簡易ペンライトを常に身につけているというお話もありました。日々、訓練等を通じて、生徒たちへの伝達を行っていますが、校内だけでなく、いつどこで起こっても大丈夫なように防災・防犯のことを考えていきたいと思います。

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 皆さんは普段使っているカタカナの言葉に注目したことがありますか?その多くは、英語をもとに作られたものですが、その一つ一つを調べてみると結構色んな勉強になるのです。

 例えば、いつも皆さんが使っているコンセント。実は、英語ではoutletと言います。

 Where are the outlets? (コンセントはどこ?)

 日本語の「コンセント」は、明治時代に使われていた電気製品の名前に由来するとのことです(国立国語研究所『よくある「ことば」の質問』より)。「コンセント」と同じような発音の英単語としてconsentがありますが、それは「合意」という意味を持つので、コンセントを探すシーンで使っても、全く通じないですね!

 なお、consent(合意)の派生語としてconsensusがあります。それは、今日ニュースや新聞などでよく見かける「コンセンサス」として日本語でも使われていますね。これは「複数の人による合意」を意味します。例えば、「この政策を進めるにあたって、国民のコンセンサスを得る必要がある」などと使われます。

 このように、『「コンセント」を英語で何て言うのかな?』という疑問を出発点にして、様々なことを学ぶことができます。皆さんも、普段何気なく使っているカタカナの言葉を調べてみて、知識の探求を楽しんでみてください。

小林 翠(英語科)