2007年12月アーカイブ

 落語家、もとい国語科のNです。とりとめもないことを思いつくままに書きましたので、気楽に一席おつきあいくださいませ。

日本漢字能力検定協会が公募している『今年の漢字』に、「偽」が選ばれました。「偽」という字を眺めているだけで、何かこう、虫酸が走りませんか?(世間は師走なのに虫酸が走るとは、何と無粋な世の中なのでしょう)

それはさておき、この「偽」という字をひもといてみましょう。「にんべん」に「為」という漢字の組み合わせですね。「にんべん」には「人」、「為」には「する・つくる・なる」という意味があります。つまり、「偽」=「人のすること」という意味になるわけですね。

「偽」……。漢字で表記すると虫酸が走るので、ひらがな表記にしちゃいましょう。「にせ」。うん。これなら、歩くくらいにはなったでしょうか。

まぁとにかくですね、人が何かすればするほど、世の中に「にせ」が増えていくということになってしまいます。確かに人が手を加えた時点で、それは「自然なものではない」=「にせ」ということになるのかもしれません。でも、それではあまりにも人という存在が価値のないものになってしまう。(地球にとって最も害のあるものは人間だ、と言った人もいるくらいですが)

いやいや。しかしそんなはずはない。人のすることすべてが「にせ」であったら、世の中のあらゆることが完全に破綻しているに違いないですから。もちろん、現代日本社会はモラルの低下が叫ばれて久しく、憂えるべき事件も多く、破綻してしまっている印象すらあります。しかし、それはある一面からの見方にしか過ぎないわけで、そんな悲哀あふれる現代社会であっても、「にせではないもの」、つまり「真実」は必ず存在するのです。

ただ昨今では、その「真実」の表現のしかたにひずみが生まれているのではないでしょうか。「真実」というものは、それぞれの人の中にそれぞれの価値観に基づいて存在しているのではないかと僕は思っています。「自分の本当の姿」を追い求めるための価値観といってもいいでしょう。しかし、ただ単にその「真実」(=価値観)だけに従って行動しても、それが社会に適しているものでなければ、ミスマッチを起こし、ひいては非常識な行動や目を覆いたくなるような事件につながってしまう。要するに、自分自身の価値観の押しつけというか、ひとりよがりなんですね。それでも、その人自身は自分が正しいと思ってしまっている。(きっとこういう人は総じて高いところが好きなはずです)

そのひとりよがりの「真実」を正しく表現するためには、周囲の人の助言が欠かせません。教育も、もちろんその一つの手段です。助言は言葉によってされますね。その、周囲の人の言うことを聞き入れ、採り入れることで、自分の持つ「真実」を正しく表現できるのだと思います。つまり、「人の言葉」を「信」じることが「真実」につながっていくのだと思うのです。(「信」と「真」が同じ音なのもなにか理由があるのでしょうか)

ところで、少し話が変わりますが、こんな文句があります。

やまとうたは ひとのこころをたねとして よろづのことのはとぞ なれりける

ご存じのとおり、『古今集仮名序』の一節です。やまとうた、つまり和歌は、人の心によって紡ぎ出された多くの言葉によって生み出されるものなのです。「ことのは」は「言の葉」であり、「言(こと)」は「事(こと)=事実・真実」と同じ意味になります。つまり、「ことのは」は「事実の集まり」や「たくさんの真実」というのが元々の意味なのです。(ちなみに僕は、「よろづのことのは」という言葉の響きが丸くて柔らかくて、非常に好きです)

和歌とは、日本人特有の情、いわゆる「やまとだましい」をこめるものでした。ですから、平安の日本人は「言葉」の力を「信」じて男は女に想いを伝え、女は男の想いを「信」じて受け止めていたのだと思います。

「真実」に心を込めて「言葉」を発してほしい。僕はそう願っています。

なお、「真」という字に心を込めると「慎」になりますね。全ての人たちが「慎」み深い行動を取れば、「にせ」はなくなるのだと僕は「信」じています。そして、「自分自身の本当の姿=自己実現」につなげられるのだと思います。

みなさん。そのようになるためにも、心を込めて、美しい「ことのは」をたくさん繁らせてください。

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 最後になりましたが、今年1年、『職員室へGO!』をご覧くださり、ありがとうございました。来年の更新も楽しみにお待ちくだされば幸いです。そして、皆さまにとりまして、来年もよい1年になることをお祈りいたします。もちろん、心を込めて。

英語科のNです。12月16日(日)、小野学園ではサイエンスオープンキャンパスが行われました。

イカの解剖、洗剤のゆくえ、食品・植物の色素分析、ころりん、ぴりりん、しゅぽしゅぽ、バンジーチャイム演奏会、水と石鹸の微妙な関係、電気の不思議、試験管に雪を降らせよう、海ほたるはなぜ光るのかなど、楽しいタイトルのイベントがたくさんありました。

 12月といえば、クリスマス。クリスマスといえば聖しこの夜、聖しこの夜といえば雪の降る夜。ということで!?私は「試験管に雪を降らせよう」に参加しました。

試験管という小さな世界に雪景色!!なんともロマンティックな体験でした。

準備するもの:試験管、ビーカー、スポイト、水、食塩、エタノール少々

作り方:①飽和状態の食塩水を試験管7分目まで入れます。

    ②エタノールをスポイト7分目くらい取り、①に入れる。

すると。。。

   雪を降らせる雲が現れます。

   そして、試験管を見守ること約1分、

   そこに幻想的な雪がシンシンと降り始めました。
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この実験は、ご家庭でも簡単にできるので、パーティーの席の余興としても楽しんでいただけます。みなさんも是非この「静かな感動」を体験してみてはいかがでしょうか。皆様の幸せで幸運な新年をお祈り致します。


こんにちは。国語科教員のCです。

実は先日、貴重な体験をしました。それは、生まれて初めて「寄席」に行き、「落語」を見たことです。なぜ、見ることになったかというと、来年度、高校の校外学習で「落語」という案が出ており、研究会と称して国語科教員総勢6名で見に行こうという話になったからです。

話が出た時から、私は気が進みませんでした。なぜなら、私は「お笑い」系のことがあまり好きではないからです。行くことが決定してからも、何とか行かない方法はないかと模索していました。しかし、一方で、「食わず嫌いを直すのもいいかもしれない」とも多少は思っていました。

当日は、勤務を終えると、急いで新宿に向かい、伊勢丹でお弁当を購入し、「新宿末廣亭」に向かいました。「末廣亭」前は、10年位前から何度となくとおっていましたが、一度も入ったことはありませんでした。18:00前に店内に入ると、お客さんのものか、出演者のものか分からない熱気が「むっ」としました。そして、何人かの「落語」と、「奇術(マジック)」、「紙切り(紙をはさみだけで切って様々な形にする〈かなりリアルで、細部にこだわっています〉」、「曲芸」を見ました。

終了後、「あの話はおもしろかった」「この話の落ちはこれだったよね」「あの人の話は落ちが分からなかった」など、皆で一喜一憂しました。どうやら、全てのお話に大笑いすることがないというのも、  「落語」の醍醐味のようです。また、予想外におもしろかったのは、「紙切り」と「曲芸」でした。

「紙切り」は、「そりに乗ったサンタクロース」や「相合傘の男女」など、1枚の紙がそれはそれは瞬く間に、1つの芸術作品と化していきました。「曲芸」も9本のナイフ(本物ではない)を3人で投げ合い、その息の合っていることに、目を見張りました。まさに、「あうんの呼吸」、「意気投合」という言葉がぴったりでした。(すみません。あまり良さが伝わらない文章かもしれません)

さて、ここまで長いお話をしてきましたが、まとめると、今回の「落語」研究において、私は、小野学園の17の力

「対話力」、「包容力」・・・自分と違った意見にも耳を傾け、価値を認めることができる。

を身につける体験をしたという発見がありました。まだ、「落語」の本当のおもしろさを知るには至りませんが、「寄席」のおもしろさは十分に伝わりました。ですから、次回は、真の「落語」のおもしろさを見出すべく、鑑賞する機会を積極的に(?)設けたいと思いました。私の「食わず嫌い」はいくぶん解消されたようです。ですから、皆さんも、「食わず嫌い」なものに向かう機会がもし巡ってきたら、是非、それに突っ走っていってください。そうすれば、そこで新たな発見があるはずです。

最後に、チケットの手配をしてくださった国語科N先生、並びに「新宿末廣亭」で働いていらっしゃるご友人に感謝!

10月6日・7日
Img_7474  晴天に恵まれて志ら梅祭が開催されました。

 ←おりがみクラブが折り紙で折って作った小野学園白梅です。



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←文藝部で変身    Img_7496

←6B オブジェコンクール優勝作品「タピオカ」


Img_7747 ←生徒とラーメンを食べました。    

10月4日
Img_7307  もうすぐ志ら梅祭です。準備のためにポスター貼りをしている子ども達の笑顔に逢いました。

 皆で一つの「仕事」を完成させることの楽しさが伝わってくる一瞬です。

9月29日
Img_7293 小学校、中高PTA、幼稚園父母の会による「志ら梅祭実行委員会」が扇実行委員長、岡村副委員長、他実行委員と幹事さんが出席して開催されました。
 
 志ら梅祭は幼・小・中・高が一体となって開催される行事です。保護者の方々も普段はなかなか交流ができませんが、志ら梅祭を通じてお互いの親睦をはかり、一体感を得ることができます。
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 学園は保護者の方々、関係者の方々のご理解、ご協力があって初めて良い教育活動ができます。学校行事をはじめとして継続してご支援をよろしくお願いいたします。

9月28日
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 9月6日に続いて2回目の幼稚園説明会が開かれました。
 幼稚園の入園テスト及び保護者面接の日は11月2日です。信じられないことですが、協会との取り決めにより、願書提出日が前日の11月1日です。テスト前日の夕方まで受験者が何人で何処から通ってくる方が多いのかまったくわからない状況です。
 幼稚園、保育園、幼保連携と行政はいろいろ考えているようですが、現状に合わせそろそろ区分けをハッキリした方がよい時期に入ったと思います。
 小野学園では「幼稚園は小学校に入る前の小学校準備期間として教育をする学校」と説明しております。いずれ子どもは小学校に入学し、集団教育が始まります。その時にスムースに小学校に移行できるよう、知識、社会性、体力を確実に身につけることを目的としております。
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9月21日
Img_7041  小学校の入学試験日は11月1日と早いので、説明会も今回が最後となりました。

 毎回多くの方々が説明会のために来校しています。保護者の皆様の教育に対する情熱が熱く伝わってまいります。又、私立学校教育に対する期待をひしひしと感じる一日です。

 最近はお父様の数も増えております。いわゆる「お受験」の影響でしょうか、皆様黒のスーツでお越しになる方が多いようです。服装で合否が決まることはありませんが、身を引き締めて説明会に参加する思いは伝わってきます。
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 児童の礼儀正しさや、教室で熱心に指導する教員と、児童が集中して聞いている姿を授業参観して、入学したいと思われる方が多いようです。

9月21日
Img_6977 9月7日に予定されていた中・高運動会は、台風来襲のため延期になり、9月21日(金)に体育祭として行われました。
 今年は生徒が主体になって、企画から運営まで自分達の力で実行しました。
 パン食い競争、玉ころがし、借り物競争といった昔ながらの競技もあり、なつかしい運動会の原点といった雰囲気の体育祭でした。
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  6年生は創作ダンスやマスゲームも披露しました。まだ残暑が厳しい中、先生方もがんばりました。                                                                                      
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  私(校長)は借り物競争で生徒と「あっち向いてホイ」をやり、生徒が勝つと走っていけるのですが、私が勝ち続けてしまってゴメンナサイ。今年の結果は赤組がわずかの差で勝利しました。
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9月16日
Img_6612  残暑が厳しい日でしたが、運動会日和の青天の下、小学校秋季大運動会が行われました。
 多くの保護者も来校して一日を楽しみました。

 伝統の競技である、攀登棒(はんとうぼう)やマット運動に皆汗を流して一生懸命頑張りました。

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 当日は中学・高校生もお手伝いしました。
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9月4日
Img_6199  小野学園では幼稚園、小学校、女子中学・高等学校で9月に防災避難訓練を実施しています。
 幼稚園でも「防災ずきん」をかぶって校舎からグランドまで避難訓練を行いました。
 学園では「危機管理」に特に注意をしていますが、特に小さい園児達には日頃の防災意識と訓練が身を守る大切な体験となります。

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9月1日
Img_6160  暑い夏でしたが、今日から2学期が始まります。最近はメール等の通信機能が発達して、「暑中お見舞い」や「残暑お見舞い」を書く小学生(大人達も)が少なくなりました。

  この夏にもらった小学生が書いて、伝えてくれた感動の「言葉」を皆に紹介しました。

 
 残暑お見舞い申し上げます。ぼくたちは、神戸で小あじを十ぴき釣り、横浜では八ぴき釣りました。静岡の袋井の花火大会に行きました。(小4)
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 校長先生へ お元気ですか。ぼくは元気です。今、松本にいます。大町温せんにあそびに行き、そこでカブトムシを見つけたり、アルプス公園でセミを見つけたりしました。とてもたのしいです。2学きもよろしくおねがいします。(小2)

 夏休みに、田舎に行って遊んだり、普段都会では経験できない体験をして、自分の言葉で伝えてもらうと、感動や楽しさや景色までもが浮かんできます。

試験勉強をしようと思って、散らかった机で「あのプリントはどこへいった?」などと探し物をしているとき、思いがけず、お気に入りのペンが見つかったというようなことがときどき起こる。何度探しても、見つからなかったペンだったのに・・・。

セレンディピティ(serendipity)とは、何かを探しているとき、探しているものとは別の、当てにしていなかったものを発見する力、掘り出し上手を意味することばである。おとぎばなし『セレンディップの3人の王子』を語源としている造語らしい。

ものを探しているときだけでなく、何かを考えたり、勉強をしたりする過程でも存在するもので、科学の分野での世界的な大発見は、このセレンディピティによるものも多い。たとえば、私たちが今では当たり前に使っているポストイット(付箋)。アメリカの3M社のある研究員が、強力な接着剤を作り出そうとしている最中に、たまたまとても弱い接着剤ができてしまったという。初めは、使い道の見つからなかった弱い接着剤。研究員の同僚が、本のしおりに使えないかと思いついたそうだ。偶然からの大発明である。

こうしたエピソードから、「失敗をしてもそこから学び、成功につなげることができるのだ」ということがわかる。セレンディピティは、だれにでも秘められているはず。ただし、何もしないで、ぼーっと過ごしているところにセレンディピティは舞い降りてはこない。何かを得ようとして、一生懸命になって努力をしているところに突然やってくるものなのだと思う。

少女たちよ、とにかく目標に向かってチャレンジを続けよう!

大きな目標が見えてこない人は、目の前のことでもいい。「間近にせまる期末試験で、各教科5点ずつアップさせよう」などなど・・・。そうして、チャレンジを続けていれば、自分が本当に目指したいものにふいに気付くかもしれない。それも、セレンディピティ!

Keep smiling and challenging!!

セレンディピティに憧れを抱きつつ、日々模索ばかりの英語科Nでした。