2008年2月アーカイブ

 私が通っていた高校は、自主自立の精神が、はっきりした学校でした。制服がないので毎日自分で着る服を考えて着なくてはいけないし、昼休みに学校の外に出て昼食を食べるのも自由なので、時間を自分でみていないと授業に遅れてしまいます。修学旅行がなかったので、自分たちで企画しないとその学年は、修学旅行なしという学校でした。
 よく言えば自由な学校、悪く言えば放任という学校でした。
 それが顕著だったのは、進学を決めるときです。
 さすがにそんな学校でも進路を決める面談がありました。一生を左右することなので、のんびりしていた私もさすがに、3日も前から受験する大学を決めてなんと話そうかと考えていました。
 教科別職員室のドアをおそるおそるたたく。中にはいると先生が机を向いてなにやら仕事をしている。仕方がないので、考えてきた大学名を言った「あの・・・この大学を受けたいんですけれど・・」、先生はこちらも向かず「ああそうがんばりなさい」とだけ言って、進路指導はたったの3秒で、終了してしまいました。
 ちょっとがっかりしました。いくら自由に決めてもいいと言われても、初めてのことで何もわからない私はもう少し指導をしてもらいたいと思っていたからです。
 こんな経験から、教員になったら、進路指導には、親身になってアドバイスや指導をしたいなと考えていました。
 
 就職するときには、その学校がどんな進路指導をしているのかが一番気になって、いました。小野学園の面接でも聞いたところ、「進路の相談や面接指導、学習指導にすごく時間をかけている」とのことでした。この学校の進路指導なら、3秒で終わって、生徒をがっかりさせることのない進路指導ができるのではないかと当時何も知らない私でも感じることができました。

 それからはや25年、その間に200人ぐらいの卒業生を出しましたが、おかげさまで、同窓会に呼ばれたときに、先生が進めてくれた進路にしてよかったといわれるまでになりました。また、学園には、年9回のロールモデル講演や企業探求プログラム、年12回の大学模擬授業などの進路学習も充実して参りました。
この学校の教員で本当によかったと思っています。
現在は、広報という仕事をしていますが、これからも入学した生徒の満足度の高い学校を作っていくために進路指導だけでなく、「どっちもできる女性」育成のために努力したいと思っています。

Photo_2 ←年9回あるロールモデル講演



Photo_3 ←年12回ある大学教授による模擬授業



広報部 m.m

2月17日(日)、新1年生対象のウェルカムパーティーが開催されました。理科実験を見せる企画もあり、私は液体窒素(-196℃)でドジョウと金魚を瞬間的に凍らせて、再度水槽にもどして生き返らせる実験を行いました。新入生や保護者の皆さんは、凍っていたドジョウと金魚が泳ぎだしたのを見て「オ〜〜」という声をあげてビックリしていました。
人間の精子も体外受精をさせる時は液体窒素で凍結保存させておくので、大丈夫だとは分かっていても、やはり、凍った魚がもう一度泳ぎだすかどうか、ドキドキしていました。でも、水槽の中で元気に泳ぎだした金魚とドジョウを見て拍手と笑顔をもらい、自分ながらに安心しました。
入学後はこんな実験ばかりではありませんが、皆さんが興味を持つ実験を用意しておきたいと思います。

K.Kより

1 ←この重々しい金属製の容器に液体窒素が入っています。



2 ←ガスで見えませんが、液体窒素に金魚を入れて凍らせています。



3_2 ←凍った金魚を水槽の水に入れようとしています。



4 ←眠りから醒め、再び元気に泳ぎだしました。


「また、来なかったよ。」
「私も、同じ」
「俺はこの前呼んだら来てくれたよ。でもね。来てくれたころにはけんかは終わっててほら、この顔だよ」
「あらかわいそう!あてにならいねカイケツマンって」
「あてにならないなカイケツマンって」

今から20年以上前に私が書いた童話の一部です。
物事はどこから見るかで180度変わってしまいます。「カイケツマン」とは架空のヒーローです。登場したころは少年のあこがれの的でした。それがいつのころからか、「いつも来ない!」というクレームの対象に変わります。実はカイケツマンはまじめで、事件があればすぐに飛んでいきました。しかし、カイケツマンは一人です。ある事件にかけつているときには他の事件には行けなくなります。人気が出れば出るほど皆が呼びますから行けない事件が増えていきます。とうとう誰からも相手にされなくなったカイケツマンはある少年に出会います。少年は「缶蹴り」の鬼をしていました。みなは隠れるふりをして家に帰ってしまい、それを知らない少年はひたすら探しています。それを見たカイケツマンはなにか自分の境遇と似たものを感じ、交流を深め、友情が芽生えるという話です。

物事を別の角度から見ると違う世界が見えてきます。

H200213 昨年の暮れ、チョーク工場を見学する機会を得ました。
チョークってまっすぐですよね。皆さんはどうやってチョークをまっすぐにしているか知っていますか。
チョークの原料は炭酸カルシウムという白い粉です。書き味をソフトにし、色を鮮やかにするためホタテの粉もその工場では入れていました。これに水分を加え練っていきます。練ったものがチューブ状に整形されます。これを機械で50センチくらいの長さに切っていきます。ここからが問題です。練ったばかりのチョークは微妙にまっすぐではありません。これを機械でいわゆるチョークの長さに切るとゆがんだチョークができあがってしまいます。さてどうやってチョークをまっすぐに伸ばすのでしょうか。ちなみに見学した工場は業界最大手です。
答えはなんと「手で伸ばす」です。50センチのチューブの右端と左端を持って軽く引っ張って伸ばすだけです。それだけでピーンとなるんです。実はこれ誰にでもできる技ではありません。力を入れすぎると形が変わってしまいます。また、伸ばし終わった後 、下に置くときにどうしても両端が曲がりやすいのです。職人さんはこれを難なくこなしていました。この技術がチョークの生産を支えているとは驚きでした。
この会社は積極的に重度の障害者を雇用していいる会社で、この作業もその方々がやられていました。

どうですか?ちょっとチョークが今までと違って見えてきましたか?
皆さんもぜひいろんな角度から見る、あるいは見る機会を作ってみてください。きっと新しい世界が待っています。

「職員室へGO」というこのブログもおかげさまで一周しました。今回から二周目となります。今後ともよろしくお願いします。
Hより

こんにちは。保健室のFです。

2月になってまた一段と寒さがパワーアップしており、ついに東京にも2回目の雪が降りました。

みなさん、風邪など引いていませんか?まだまだ寒さは続きそうなので、お互いに気をつけましょう。

さて、突然ですが、私は高校生まで広島県に住んでいました。

広島と聞いてみなさんは何を思い出しますか?お好み焼き?カープ?もみじまんじゅう?原爆ドーム?

原爆ドーム…これを一番に思い出してくださる方も多いのではないでしょうか。

広島県は今から63年前に原子爆弾が投下された街です。そういった土地柄もあり、私は幼稚園の頃から“戦争と平和”について考える機会がたくさんありました。みんなで折鶴を折ったり、歌を歌ったり…と成長に合わせて様々な体験をしました。このような体験を通して、“平和”を学ぶことができましたが、それ以上に私に“本当の平和”を教えてくれる光景に出会いました。

去年の夏のことです。原爆が投下された日、86日に、私はたまたま病院の待合室にいました。正面には大きなテレビがあり、そこには平和記念式典の中継が流れていました。順番を待っている患者さんたちはそのテレビを見たり、雑誌を読んだり、雑談したりとみんな思い思いの時間を過ごしていました。私もその患者さんたちと同様、横に置いてあった雑誌に目を通していました。その時、原爆投下時刻の815分を知らせる鐘の音がテレビから流れてきました。すると、みんな自然に手を止めて静かに合掌していました。誰に言われるわけでもなく、義務感からでもなく…。小さな子どもからお年よりまで、みんながごく自然に、自分の“平和を願う気持ち”に従って手を合わせる姿に、私は心から感動しました。

平和な世の中になってほしい-これは誰もが願うことだと思います。では平和っていったい何でしょうか。私には難しいことは分かりませんが『一人一人の優しさの集合体かなぁ』なんて思います。

自分を大切にしながら、周りの人にも優しくしてあげる…こんな人がたくさんいたら、今よりもっと素敵な世界をつくれるかもしれませんね。

“優しさのおすそわけ”-みなさんもぜひ、自分の“優しさ”を分けてあげてください。

きっと心がほっとする“何か”をもらえるような、そんな気がします。

♪保健室のFでした♪