2009年3月アーカイブ


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サクラも開花し、春らしい暖かい日が続いていた先日、東京マラソンにボランティアとして参加しました。東京マラソンは今年で
3回目、参加者は走者が約35000人、ボランティアスタッフ約13000人、沿道の観衆は約195万人だったそうです。

当日は、朝7時に集合し、12km地点で多くのボランティアスタッフや、高輪ロータリークラブの方々、インターアクトクラブ部員、テニス部等運動部生徒、卒業生とともに、給水活動をしました。

交通規制が始まってから準備を開始。1回目・2回目に参加している生徒たちは手際よく準備を行い、選手たちが来るのを待っていました。風が強く天気も心配された中、9時に都庁前をスタートし、まず車椅子マラソン走者が、そして、多くのマラソンランナーが走っていきました。通るたび沿道やボランティアからがんばれ!』と声が飛び、ランナーからは『ありがとう!と返ってきました。たった一言ずつでしたが、ランナー・ボランティア・観衆が一体となって大変盛り上がり、結びつきが深くなったような気がしました。そして、この一言が大切なんだな〜と感じました。また、多くのランナーはただ走っているのではなく、楽しみながら走っていたり、ボランティアや沿道の応援に応えたり、感謝を伝えながら走っていて、1つのイベントが多くの人の手で成り立っているというのが印象的でした。今回、このような大会に携わることができ、大変勉強になったとともに、これからもいろいろなものに感謝しつつ、機会があれば、42.195kmを走破したいなと感じたOでした。

俗に、ラブレターは夜中に書かないほうがいいと言われる。私はラブレターなぞを書くような性質(たち)ではないのでそのような経験はないのだが、どうやら、ブログの文章も夜中に書かないほうがよさそうだ……。件(くだん)のラブレターは投函後に猛烈に書き直したくなるようだが、私はせっかくブログを書いたので投稿してみる。

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突然だが、人が前に進むためには失うものも必要だ。

古くは、進化によって失われた野性性に始まり、携帯電話の普及による漢字能力の低下まで、挙げればキリがない。しかし人間は進化している。いろいろな能力を失う代わりに新たな能力を得ているのだ。

313日、君たち卒業生は、ひとつの区切りを迎えた。

卒業式は悲しい。きっと、今まで当たり前だった日々が、確実に来なくなることがわかってしまうからだろう。

卒業という言葉の意味は頭ではわかっていたのに、いざ式に出席し、それを実感すると、現実を直視できなくなる。メロスのように激怒した日々も、虎になってしまった李徴のような嘆きの日々も、Kとお嬢さんに板挟みになった先生のように苦しんだ日々も、あの坂を登って海が見えた時のような喜びの日々も、まだ上げ初めし前髪が林檎の元に見えたときのような嬉しさの日々も、石炭を早く積み終えて夢見た希望の日々も、もう来ない。だから悲しいのだろう。

でも、前に進むために、その悲しさは必要なのだ。なぜなら、その悲しさは涙へと変わるからだ。

涙は不思議だ。喜ばしいときも、怒っているときも、哀しいときも、楽しいときも、いつも流れる。だから、流した涙には、一言では言い表すことのできない、たくさんの感情が詰まっている。そのせいか、涙はすぐに思い出に変わる。私はそう思う。

しかし、君たちの涙を見ると、卒業への祝福とともに虚無感に襲われる。私は何を君たちに教えられたのだろうか、と。

だから最後に、君たちに読んでほしい本を書く。いや。これは、卒業生だけでなく、在校生をはじめ、たまたまこの文章を目にした全ての人に読んでほしい。

『日本語ということば』(赤木かん子・編/ポプラ社)の中の『「あまえる」ということについて』という作品だ。

書いたのは、小学2年生の女の子である。断言しよう。これを読まなければ、人生の何分の一かを絶対に無駄にする、と。私は、この小学2年生の女の子から、国語教師としての虚無感、大人の男としての汚さ、一人の人間としての脆さなど、多くのことを学んだ。ぜひ君たちには、素直に、真っ直ぐに生きてほしい。その思いをこの文章に込めて送りたい。幸いにも小野学園に在籍している在校生は、ぜひ図書館に足を運んで、この本を手に取ってほしい。切に願う。

ところで、卒業に話を戻そう。本当は君たちの涙を見ると、もうひとつだけ感情が浮かぶ。

それは、嫉妬だ。

あれだけ純粋な涙を流せるのは、とても羨ましい。できるならば私も、神龍にお願いして、もう一度だけ、15歳、18歳に戻りたいと思う。

しかし、この商売をしている限り、これからも毎年、純粋な涙を見ることができる。それだけでも、とても贅沢なことだ。君たちはたくさん「ありがとうございました」と言ってくれたけれど、私は、きれいな涙を見せてくれた卒業生全員に感謝したい。本当にありがとう。

私の願いは、君たちが、数多くの思い出を胸に抱え、成長していってほしい、ということだ。そして、もしつらくなったら、卒業式で流した涙を思い出して、一緒に卒業した仲間を思い浮かべてほしい。決して、卒業で失ったわけではない。ひとりじゃない。みんな、別々の道だけれど一緒にがんばっていることが、きっとわかるから。

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嗚呼。やはりこの文章は私のガラではないな。クサすぎる。しかし、このような色の文章を書けるとは、自分自身でも驚きである。夜中に書いたからこそ、なせる業だろうか。でもまぁ、これも一興か。

新聞配達のバイクの音が聞こえる。少し寝るとするか。

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話題パート1〜「のってぃカフェ」〜

Photo_2〔「のってぃカフェ」コラムと私〕

平成20年度ももうすぐ終わります。

実は、こうやって公の文章を書くのは、私にとっては特別のことでなく、いつの間にか日常のこととなってしまいました。

それというのも、私はこの1年、メルマガ「のってぃカフェ」のコラムを担当してきたからです。

今年から始まった「のってぃカフェ」ですが、最初は何を書いてよいのやらと思い悩みながら書いていました。

しかし、しだいに書き慣れてくると、今度はあまり反響がないことに対し、寂しい日々を過ごすことになりました。

〔保護者の方の応援や編集者の支え〕

そんな時、ある在校生の保護者の方が感想を寄せてくださったのです!

そのときは、本当にうれしかったです!

俄然ヤル気になりました!

その方は、その後も何度か感想を寄せてくださり、つい先日も感想をいただきました。

一見他愛ない文章のように見えるコラムですが、あれを恒常的に書いてゆくということは、ある1点において苦労をするのです。

それは、書く内容がそのときの感情にとても左右されるということです。

なにを?!

とおっしゃるかもしれませんが、何か迷いがあるとき、疲れているとき、嫌なことがあったときなどは、筆がうまく進まないのです。

みなさんもそんなこと、経験ありませんか?

それは、生徒の皆さんにとっては学習や部活に対する意欲であったり、保護者の方はお仕事や家事であったりと、色々なことに置き換えられると思います。

でも、そんなこんなを乗り越えて、ここまできました。

ここまでやってこられたのも、「のってぃカフェ」は私1人でやってきたわけではないからなのです。

教頭のH先生(毎回コラムより大掛かりな「小野学園の挑戦」を執筆してきました。)、社会科のO先生(めんどうな編集作業を毎回してきました。)と三人四脚でがんばってきたからです。

最終号を出した後は、お互いに労を労うことができればなと思っています!

〔ちょっと宣伝〕

今年度の最終号は、来週配信されます。

ちなみに、本校のHPから申し込みが可能ですので、気になった方は、ぜひお申し込みください!

話題パート2〜「涙、なみだの卒業式?!」〜weep

〔気持ちを込めて袴を購入〕

本校では、明日、卒業式を迎えます。

私は3年生の担任をしていますが、私にとっては、初めて担任した生徒を送り出すという記念の日となります。

実は、「おめでとう」という気持ちを込めて、この度、袴を購入してしまいました。

生徒にはどんな色かは「お楽しみに」と言ってありますが、これをご覧の皆さんにはこっそりお教えしちゃいます。

とは言っても、オーソドックスな「紺一色」の袴ですが......。

卒業式は、教員の私が主役なのではなく、卒業生やその保護者の方が主役なのですから......。

でも、袴なんて大学の卒業式以来にはきますから、なんだか緊張してしまいます。

実に9年ぶりです。(年齢がばれてしまいますね)

ですが、今回は9年前とは、かなり違います。

9年前は送り出されるという立場で袴をはきましたが、今回は、送り出すという立場で袴をはきます。それを考えただけでも身が引き締まります。

〔袴を購入したときのエピソード〕

ここで、袴にまつわるエピソードをご紹介します。

ちょっとした笑い話ですが......。

私が袴を購入するとき、

「卒業式ではく袴を買いたいんですが......。」

と店員さんに言ったところ、

「卒業式ですか。おめでとうございます。」

と言って、わりとカラフルなものを勧められました。

「なんだか変だぞ」と思って、

「もっと地味なものを......。」と言っても、

「お着物は、振袖を着られたりしますか?」なんて言葉が返ってきました。

「いえ、振袖はずいぶん着ましたが、もうそろそろ着るには......。」と言っても、

「そんなことありませんよ。まだまだ!」

と言うのです。

「これは!」と思って、

「私は教員で、卒業する立場ではなく、見送る立場なんです!」と言ったところ、やっと通じました。

〔3年間の思い出〕

卒業する立場に見られたというのはちょっぴりうれしいですが、それにしても年齢に無理が......。

それはさておき、明日は呼名が終わるまでは泣かないようにするぞ!と心に誓ってはいますが、果たして......。

今これを書きながらも走馬灯のように(ありきたりの表現ですが)3年間の出来事がよみがえってきました。

あの子と心が擦れ違ったときのこと。

あの子と初めて気持ちが通じ合ったときのこと。

初めてあの子が泣いたときのこと。

本気であの子を叱ったときのこと。

みんなでお互い笑いあったときのこと......。

などなど......。

これから先、私は何度卒業生を送り出すかわかりません。

1回かもしれませんし、3回かもしれません。

あるいは、これが最初で最後になるかもしれません。

〔明日は泣いてしまう?〕

いずれにしても、私のこれまでの人生の中で、この卒業生たちが特別であることに変わりはありません。

そして、今感じているこのなんとも言えない、言葉では表現できない、胸のあたりがくすぐったくなるような、この特別な気持ちは、このあとの私の人生で2度と感じられないのではないかという気がしてなりません。

明日は、この気持ちに浸って、式を迎えたいと思います。

3年B組K八先生ならぬT先生(自分に先生をつけるのはおこがましいですが)でした!

先日研究授業をさせていただきました。

今回の研究授業は、条件付のもので、各教科どの先生も大変ご苦労されたことと思います。

その条件の1つが「生徒参加型の授業をめざす」……。

私自身授業をする上で、グラマーは英語の中でも最も単調になりがちな科目だと感じており、この授業で「参加型」をめざすのは、至難の業だと初めは途方にくれました。単に音読というわけにもいかず、チームを組んだ先生方と「参加型」とは何かというところからスタートした次第です。

授業当日、本当に緊張しました。生徒たちは、いつもと進め方が異なることに戸惑いも感じていたようですが、最後までなんとか一緒に乗り切ってくれました。「参加型」という意味では、まだまだ課題の残る授業だったかもしれませんが、今回の経験から大きく2つのことの大切さを再確認することができました。

1つは、チームワーク。この授業スタイルをつくり上げるのに教科でさまざまなアイデアを出し合いました。一人では絶対に成し遂げられなかったことでしょう。また、他教科の授業を見せていただくことで、参考になったこともたくさんありました。さらに、当日他の業務を抱えながらも、自分の授業を見てアドバイスを下さった先生方にも感謝しています。

もう1つが、自ら学ぶこと。間違いなく、今回は普段より教材研究を深く行いました。学べば学ぶほど、知りたいことが増えてきます。教える人ほど学ばなければいけないということを少し忘れかけていた自分を反省しました。生徒に勉強してほしいと思ったら、自分はもっと勉強しようと、気持ちを新たにすることができました。

「今回の授業は100%満足」という授業に、私は多分一生出会えないのではと思います。そう思えないから次への挑戦がある……そう信じて1mmずつでも前進していこうと、日々足掻いています。

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