2009年8月アーカイブ

 現在、環境問題に対して、社会的な関心が非常に高くなっています。「東京都」もヒートアイランド対策、及び緑化対策、環境学習効果や地域コミュニティー形成を目的に、校庭の天然芝生化を強く推進しています。環境に対する貢献、これは未来に対し社会的使命を負っている学校の義務と考えます。本校の校庭と屋上も「エコ化対策」の一つとして天然芝にいたしました。
  7月の初めの校庭。表面の土をすべて入れ替えて芝生化の工事が始まりました。
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 7月の終わりに芝が1枚1枚人の手で張られていきました。
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 7月の終わりには一足早く屋上が芝生化されました。 
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 8月の終わりには校庭も緑に芝生化されました。 Img_2340
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 天然芝生化により、緑化推進、温度上昇の抑制、砂埃の抑制、健康への対策、水はけ改善、外で遊ぶ子供の増加と喜び、安全性の向上、子供の精神面の安定、自然・環境学習の提供等、多くの効果が期待されます。

  夏の影・・・・・・、芝生の緑・・・・・・木々の下で憩うImg_2357 Img_2356


 朝の登校時、散水した校庭からは、緑の芝の香りが漂ってきます。校長室から毎日芝を見ていますと、思いがけず、「トンボの大群」や「見たことのない小鳥達」が舞い降りて餌を探している姿を見ることができます。  Img_2649


 芝の養生期間が終わって、11月からはトンボや小鳥に代わって、子供たちが元気に飛び回ってくれることを、心から期待しています。そして将来は芝生の上で、天然蛍の鑑賞会が開かれることを目指しています。   

こんにちは.数学科のYです.
今年の夏休みのお話をしたいと思います.

小野学園に入って7回目の夏休み,今年は特別な予定も
なく迎えようとしていました…
よーし,このまとまった時間を使って何かに挑戦しなければ…
と思った私は,急に「免許をとろう!」と考えたのです.
免許といっても自動車の免許は持っているので,今回挑戦するのは
バイクの免許です.
…しかし,私は別に車やバイクが好きなわけでもありません…
とりあえず「資格」として形に残ればいいかな? という程度の気持ち
で教習所に通い始めました.

しかし,このバイクの運転が思うように進みません.
というのも,自分が思うようにコントロールすることができないのです.
自分のできないことを,私よりも10歳以上も若い教習生たちが軽々と
クリアーしていきます.正直なところ,結構辛いものがありました.

そのほかにも,いろいろな壁にぶつかりながらも無事(?)に,
教習所を卒業,免許を取得することができました.

…とここで終わってしまうと,ただの思い出話ですが,
この経験を通じて多くのものを得ることができました.

一つ目は,いろいろな人と関わることができたことです.
他の教習生の方たちは大学生が多く,普段関わることの
ない人ばかり… とても新鮮な体験をすることができました.

二つ目は,「一度決めたら最後までやる!」
ということです.私にとって今回の挑戦は,好きで始めたわけでは
ありませんが,得られた達成感は格別なものでした.

多くの人は,受験や資格取得に挑戦するとき,様々な困難や壁に
ぶつかります.辛いから,苦しいからやめるというのは,すごく
もったいないと思います.一度決めたら最後までやってみる.
そして,色々なことに挑戦して欲しいと思います.

122_2 121  社会科のOです。
 今回のブログのテーマを何にしようかと悩んでいたところ、古書店で写真のものを見つけて購入しました。なにかというと、文化12年(1815)の暦(カレンダー)です。これをきっかけに日記のテーマを思いつきました。夏休みということで、受験生の中には宿題の日記を書いている人もいるだろうと思います。難しい内容ですが一つお付き合い下さい。
 暦を見て日記の話を思いついたという話からお分かりだと思いますが、日記の起源は暦です。
 日記のはじまりは平安時代。紀貫之の『土佐日記』のようなものを連想する人が多いですが、あれは日記文学であって、日記とはまったく違います。『土佐日記』は「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。」という冒頭が有名ですが、そこから『土佐日記』が著された10世紀前半には日記があったことがわかります。また男性が書くものということになっているということが分かります。では、どのようにして暦から日記が成立したのでしょうか。
 10世紀というと律令国家が解体して中世的世界の形成がはじまった重要な時期で、十世紀研究会という研究者の団体もあったくらいです。この時期は国風文化がはじまるとともに、民衆支配は国司などの地方官に一任され、中央政府の官人たちは新しい仕事はせず、ひたすらに先例ばかりを踏襲するようになりました。そのため日々の政務は儀礼化し、年中行事をとどこおりなく執行するのが重要な仕事となりました。その年中行事の予定が記されているのが暦です。毎年くり返し同じことをつづける平安時代の官人たちは、行事のときの自分の役割を記録する必要が出てきました。参列する位置や動作、服装などは各自の位階や官職によって決まってきます。自分があたえられている位階や官職は子孫が踏襲する可能性が高いものでした。そのため行事のときの自分の行動や服装を暦の行間に書き込むようになりました。これを具注暦(ぐちゅうれき)といいます。「具(つぶさ=詳しく)に注を書き込んだ暦」という意味で、これが日記のはじまりです。次第に書く分量も多くなり、暦をナイフで切って間に紙を貼るようになり、巻物にしました。自分の感想なども書くようになったのです。
 ところで、このように公的な仕事内容を子孫に残す目的で記された日記は、漢文で書かれました。当時の公文書はすべて漢文で書かれていたことに影響されています。平安時代で一番の有名人といえば「この世をば 我が世とぞ思う 望月の 欠けたることも なしと思えば」という和歌で有名な藤原道長です。彼の日記は『御堂関白記(みどうかんぱくき)』といいますが、この日記は漢文の文法に誤りが多くて有名です。また彼の子孫で、12世紀に活躍した藤原忠実(ただざね)の『殿暦(でんりゃく)』も誤りが見られます。これに対し、同じ藤原氏でも道長が詠(よ)んだ上記の望月の歌が記されている藤原実資(さねすけ)の『小右記』などはしっかりしています。やはり地位の安定している上流階級は努力せずに出世できるので、真面目に勉強しないのですね。まあ、自分の子孫しか読まないと思って書いているのでしょうが、現代では出版されてしまっている上に東京大学史料編纂所のホームページにまで公開されてしまっています。そういえば9世紀に藤原氏の氏長者(うじのちょうじゃ=一族の長)の地位をつかんだ藤原冬嗣(ふゆつぐ)は一族の子弟のために勧学院(かんがくいん)という学習施設をつくりましたが、利用者は藤原氏よりも下級の者ばかりでした。1000年後に恥を残さないよう、ハングリー精神ではげみましょう。

夏休み! 子どもの頃から、この莫大な時間をどれだけ楽しみにしてきたか……

 というわけで、国語科T.Iが贈る「職員室へGO!」が始まります。

 

 僕の夏休みの楽しみ(+冬休みも)の一つに、“各駅停車の旅”があります。乗り鉄なら、誰もが知っている偉大な「青春18きっぷ」。これを使って全国津々浦々、味巡り…ではなく、その土地にしかない趣を味わいに行くのです。

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(写真は去年夏の旅のもの。さて、どこでしょう?)

 しかも! 各駅停車のたびにはたくさんの楽しみがあるのです。駅弁、郷土料理…って「美味しんぼ」ではありませんが、もちろん、食べることも楽しみの一つです。でも、国語科らしい!?楽しみとしては、移動の車中でしっかり読書ができること!! もう、至福の時間を過ごすことができます。僕自身の本の楽しみ方は、とにかく一気に読み終えること。(だからこそ、普段の通勤電車では、なかなかしっかりした本は読めないのです…)

 ずっと本に夢中になっているときに、ふと顔を上げると変わっている景色。車中で交わされる方言の違い。目が疲れたときに、ぼぅっと眺めている車窓の風景etc. 読書そのものの楽しさもありますが、それに伴う楽しみもたくさんあるのが電車読書の醍醐味です。 この夏休み、「暑い暑い」とばかり嘆くのではなく、状況に応じた素晴らしい時間を過ごしましょう!

我が家の長男は体を動かすことが大好きで、サッカークラブや公園遊びに、毎日無我夢中で遊んでいます。

そんな長男ですが、数年前に膝の故障してしまい、大好きな外遊びが出来なくなり頭を悩ませていました。「子供にとっては大事件です」

ある時、里帰り中に妻の両親がカイロプラクティックを開業しているので、息子が膝を痛めていることを相談したら、治療をして頂きました。

その治療の中に光線治療があり、人口太陽を患部に当てて数日間繰り返す治療でした。

治療の結果、息子の痛みは引いて元気にサッカーをする毎日を送っています。

次男も軽い火傷をしてしまい光線治療をしたら直りが早く、綺麗に皮膚も治ったのです。

光線治療とは何か疑問に思った私は、それを調べた所、太陽光線とよく似た光(可視総合光線=赤外線・可視光線・わずかな紫外線)スペクトル波長を人体に照射することで、様々な疾患の治療や健康増進をはかるものでした。

太陽光線が身体を活性化させ、治療になることが驚きでした。

他にも、太陽光の色との関わりも生命に大きな役割があります。目に見える可視光線(虹の七色)により、昼と夜を知り交換神経、副交感神経の切り替えを行っていて、人の場合は目から導入された可視光線は脳の中心の視床下部に届き、自立神経に直接働きかけ、自立神経を安定させます。

又、光合成を行う植物の葉は緑色ですが、植物が光合成を行うためには緑色の波長が必要ないため反射させます(緑色に見える)。残り6色は光合成に必要な為吸収します。

このように、太陽光は生命あるもの全てが必要として、意味のあることを実感しました。

この夏休みは、エアコンや蛍光灯に頼らず、より自然の状態を維持するように心掛けて、健康維持増進に家族で取り組んで行きたいと思います。

体育科・N