2009年10月アーカイブ

今年から小野学園で英語を教えているTです。時の流れは速いもので、気がつけば小野学園に来てから半年以上が過ぎてしまいました。初めの頃は、わからないことだらけで、教室の場所などを生徒に聞いたりしていましたが、だんだんと学校に慣れていき、そういうこともなくなってきました。

 さて、今回は、小野学園で教師をしていて、最近ふと思ったことを書いていこうかと思います。

だんだんと大人になるに連れて、何かに感動するということが減ってきたように思います。長く生きてきて、いろいろな刺激に慣れてきてしまったからかもしれません(まあ僕はまだ20代ですが・・・)。子供の頃のように、夜空を見上げて星がキレイだなんて思ったりすることなんて滅多にありません。別に、智恵子が言ったみたいに、「東京に空が無い」(『智恵子抄』)からではなく、そんなことをしている心理的、時間的余裕がないからだと思いますが。もし月が2つになっていても、気がつくまでにしばらくかかってしまいます。たぶん。

けれども、この学校の教師は、感動的な瞬間/光景に出会う機会に恵まれています。体育祭や文化祭などの行事では、生徒ひとりひとりがそれぞれの持ち味を出して活躍する姿を見ていて、心を打たれる瞬間が何度も訪れました。さらに、中学・高校生だった頃の自分を重ね合わせてしまい、密かにノスタルジーを感じていました。大人になってからもこのような感動体験ができる仕事は、学校の先生くらいなものかもしれませんね。

 客観的に見ている僕に感動を与えてくれるのだから、その瞬間/光景の渦中にいる生徒たちの心に与える影響はとても大きいのかもしれません。小野学園の生徒たちが体験した感動的瞬間/光景は、彼女たちがこの先生きていく上で、必要不可欠なものになるのだと思います。

村上春樹の『1Q84』の中で、タマルという人物が、孤児院に預けられているときに、ひたすらネズミの木彫りを作り続けるサヴァン症候群の少年について、以下のように語っています。

「そいつが脇目もふらずネズミを木の塊から『取り出している』光景は、俺の頭の中にまだとても鮮やかに残っていて、それは俺にとっての大事な風景のひとつになっている。それは俺に何かを教えてくれる。あるいは何かを教えようとしてくれる。人が生きていくためにはそういうものが必要なんだ。言葉ではうまく説明はつかないが意味を持つ風景。俺たちはその何かにうまく説明をつけるために生きているという節がある」(『1Q84 BOOK2』371ページ)*

タマルのこの言葉に対して主人公の青豆は、「それが私たちの生きるための根拠みたいなっているということ?」と聞き返し、タマルは「あるいは」と青豆に同意をしています。つまり、ここで言われているのは、「何かを教えてくれる風景が生きるための根拠として必要だ」ということでしょう。

僕がここで言いたいのは、生徒たちが今学校で経験していることは、生きるための根拠としての風景になり得るということです。「何かを教えてくれる風景」はひとりひとり違うはずですが、学校での感動的な瞬間/光景は、彼女たちが大人になったときに、無意識的にしろ、きっと役に立つのだと思います。

「何かを教えてくれる風景」を獲得するのは、ほとんどの人とって、子供の頃なのだという気がします。

イギリス・ロマン主義の代表的な詩人のワーズワース(William Wordsworth)の「虹」(‘ The Rainbow’ )という詩に、「子供は大人の父である」(The Child is father of the Man’)という1行があります。この1行は、子供の時の原体験が意識の奥に蓄積されて、大人になった時の精神力の源になるという彼の考え方が示されています。つまり、子供のときの原体験は、生きるための根拠となる「何か教えてくれる風景」として保存されるということでしょう。

 逆説的に考えれば、大人になってからの体験というのは、「何かを教えてくれる風景」にはならないのかもしれません。あるいは、なることがとても難しいのかもしれませんね。だから、生徒たちにはなるべく多くの感動的な瞬間/光景に出会って「何かを教えてくれる風景」を探し出して欲しいし(もちろん、ある程度時間が経ってからじゃないとわからないことかもしれないけれど)、彼女たちがそうできるように、僕も環境作りをする助力になっていくつもりです。

*余談なのですが、村上春樹の『1Q84』は、最高傑作かどうかは別にして、彼の作品の中で一番「泣ける」小説だと思います。今回引用した箇所を通勤中に読んでいましたが、品川-西大井間辺りで思わず涙が出そうになってしましました。

英語科 T

明日から中間試験がはじまります。

1、4年生にとっては学校生活にもなれ、

一大イベントである志ら梅祭も終わり

気が抜けやすい時期でしたので、

勉強のペースを取り戻すのが少し大変だったかもしれません。

2学期は、中間試験までの期間が長く実力テストまでの期間は短いので、

計画をたてて勉強をすすめるのは大変ですが、

先輩たちのように自分流の学習方法を早く身につけられるといいですね。

私も学生時代、試験のときにはずいぶん苦労しました……

ここで、私の数学の勉強方法を紹介したいと思います。

準備するのは、「教科書と問題集」

まず、授業で扱われた教科書の問題(例題を含む)を解き、基礎・基本を確認。

次に、問題集を何度のくりかえし解きます。

問題集では、教科書よりも難易度の高い問題があるので、

基礎・基本が身についてから取り組むほうが、理解度が高まり効率よく勉強できます。

ただし、このときに注意することが二つあります。

まず、数学は1日や2日でできるようになるものではないと思ってください。

継続は力なり。

日々、こつこつと勉強していくことで、「本当の力」が身につきます。

次に、解答をみないこと。

じっくりと考えて、解く手順を思い浮かべましょう。

10分考えて解けない問題は解答をみて、

式のひとつひとつがどのような意味で計算されているのかを考えてください。

解答を見ずにすべての問題が解けるようになるまで問題集をくり返し解いていました。

自分の勉強方法が見つからない人はぜひお試しあれ。

                                  数学のK

体育の日は1966年に定められて以来、2000年まで10月10日だったことはご存知だと思います。

 そこで、問題です!

 Q:1966年から2000年までの10月10日で一番多かった天気は?

  1、晴れ     2、曇り     3、雨     

 さあどれでしょう?

 答えは・・・1の晴れです。10月10日は晴れる日が圧倒的に多く、日本の観測史上でも特異な日だと気象庁関係者も感じているそうです。

 この時期の学校や競技場は、大変にぎやかです。先日、近所の小学校へ散歩に行きました。家族も参加する運動会を眺めていましたが、子どもはもちろんのこと、親も楽しんでいる姿がとても印象的でした。

 時間があったので楽しく観ていた時のことです。保護者対抗のリレーでお父さんが走っていると、足を痛めてしまったらしく、その場に倒れて動けなくなってしまいました。私も心配になってずっと見ていましたが、10分以上立てませんでした。結局、救急車が来て、担架で運ばれる時も動けなかったので、深刻な事態になっていたのだと思います。

 怪我したお父さんを見たにもかかわらず、私は「自分は大丈夫」・「大学まで現役バリバリの体育会だったからまだまだいける」と言い聞かせました。ところが・・・帰ってから運動すると、今まで軽かったはずの体がずっしり重くなっていました。息もすぐに切れてしまい、「こんなはずではないのに」と複雑な心境になりました。

 これを機に私は、再び運動を習慣化させる決心をしました。

教員ですから、普段から生徒には「学習を習慣づけなさい」「生活習慣を見直しなさい」と指導します。生徒に言うだけでなく私も今一度、日常生活を見直し、高い目標を定めていきたいと思いました。

数年後、自分の子どもの運動会で「パパかっこ良かったよ!」といってもらえる父親になりたいと感じました。(余談ですが・・・)

 普段と変わらない週末でしたが、秋を感じ、仕事とプライベートを見直せた1日でした。

                                 社会科教員 O

それはある生徒の一言から始まりました。

『先生!志ら梅祭で“ピタゴラ装置”が作りたいんですけど担当の先生になってください!!』

ところで、皆さんは“ピタゴラ装置”を知っていますか?

「ピタゴラ装置」とは、軽快な音楽と共にビー玉やミニカーを使って様々な仕掛けを次々に展開するNHKのピタゴラスイッチという番組のひとコーナー。番組のコンセプトは『私たちの暮らしの中には、さまざまな不思議や構造や面白い考え方、法則が隠れています。「ピタゴラスイッチ」では、子どもにとっての「なるほど!」を取り上げていきます。』というもの。その装置のすごさには、見た瞬間に子供だけでなく大人も思わず「おぉっ!」と驚いてしまうほど。全てのアクションが終わって「ピラゴラスイッチ」の文字が出た後で流れるピタッゴラッスイッチッ♪という親しみやすい歌も有名ですね。

みた事がない方は“ビー玉”や“小さなくるま”などをつかったドミノ装置と考えていただければよいでしょう。

今回、白衣のカピバラこと私がお贈りするブログはこのピタゴラ装置の作製から完成、実演までの感動秘話をお話しようかと思います。

①作製前

まず生徒が作りたいと言って来たときに私が考えたのは

「高3なのにつくっている時間はあるの?」ということでした。

生徒はその質問に対して

「やります。頑張ります。」と言ってくれました。

私は誰とやるんですか?と尋ねると生徒は

「○○さんと二人です!」といいました。

私「おいおい!そりゃねーぜ・ボロネーゼ。冗談はヨシコちゃんですよ。出来るわけがないでしょうが!!」と、思いました。

しかしながら、どうしても、生徒が“やりたい”と言っているし、自らも好きなピタゴラ装置…小さいものならば何とかできるであろうと考え、それならばと、担当者の欄に自らの名前を書き込みました。(このとき私は志ら梅祭前にあのようなことになるとは思ってもいなかったわけで…)

志ら梅祭2週間前…

私「ピタゴラは…?」

生徒「そろそろ始めますよ!」

志ら梅祭1週間前…

私「ピタゴラは…?」

生徒「そうですよね〜○○さんと話し合います!」

志ら梅祭5日前…

私「ピタゴラは…?」

生徒「買い物には行ってきました・・・。」

私「装置は何個かつくってみた…?」

生徒「・・・。」

このとき私は思いました…。「終わったな…。」と…。

②作製段階

 実際にピタゴラ装置作製プロジェクトが動き出したのは、志ら梅祭3日前…。限られた時間で何が出来るのか…を考えて作り出しました。

まずは、

1 ピタゴラスイッチを参考にしようと、本・DVDの購入

 2 その本を見ながら木材・部品の購入

 3 学校に帰ってきて装置の作製

に入りました。

このときに出来ているのは装置1つのみ…。本当にこれで間に合うのか…?私をふくめ誰もがそう思っていたことでしょう。そんな時、ある高校3年生と高校1年生が「私も手伝います!」と参加表明をしてくれました。(この二人がいなかったら完成には至っていなかった)

志ら梅祭2日前…ここからの生徒4人の集中力が凄かったです。

あっという間に、ピタゴラ装置の本を参考にしながら、装置の9割を完成させました。残りの1割を物理の先生と私で微調整し、なんとか前日ギリギリに完成させました。

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今考えると本当に良くできたな…と思います。

生徒達は、下校時間が決まっているため夜はぎりぎりまで残り、朝は早く登校し作製をしていました。

③本番(志ら梅祭)

 何度、ビー玉を転がし、何度、装置をコースアウトしたことでしょう。そのたびに改良を加え、装置の完成度を上げてきました。しかしながら、人の手なしでビー玉が100%完走することはなく志ら梅祭当日に入りました。

土曜日:この日の完走率は平均60%…。来場者の皆さんの温かい目に見守られながら何とか装置を披露しました。完走はしていないものの大きな拍手をいただくことが出来ました。

日曜日:この日も生徒は早朝から装置に手を加えるために朝から、来て作業していました。たくさんのお客様に見守られ完走…とまでは行きませんでしたが95%くらい完走することが出来ました。ビー玉が転がっているときの緊張感は今でも忘れません。

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現在も理科室前に装置は残っていて、なかなか壊すのがもったいないのですが、ここまでの装置をつくったという自信と達成感、装置への想いが生徒たちに残っていると思います。

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この作製を通してみられた凄まじい集中力を大学受験にも発揮し、乗り越えてくれることでしょう。

そんな生徒達を最後まで応援しようと、志ら梅祭を通して思いました。

頑張れ高校3年生!!

理科室・白衣のカピバラ

夏も終わり、季節はすっかり秋らしくなってきました。

突然ですが、辛いことや悲しいこと、少し心が折れそうになった時はどうやって乗り越えていますか?友達に聞いてもらう?周りの大人に相談する?お買い物をしてすっきりさせる?その方法はたくさんあるかと思いますが、本の力を借りてみるのもひとつではないかと思います。

タレントのベッキーをご存知ですか?彼女を色で表すと“オレンジ色”。「元気」で「明るく」て「楽しい」太陽みたいな女の子というイメージの女性ですが、私は前からそんな彼女のパワーはどこからくるのか、また普段はどんな女性なのかずっと気になっていました。(ちなみに彼女と私は同じ年です)そんな時、たまたま本屋さんに行き、平積みされているたくさんの本の中からベッキーの本を見つけました。「ベッキー♪の心のとびら」。どうやら10万部を超えるベストセラーになっているようで恐らくこれを読んでくださっている多くの人が一度は手にしたことがあるのではないでしょうか。

パラパラとページをめくり読み進めていくとあっという間に読み終えてしまうのですが、読み終えた後は不思議と心が軽くなるのを感じました。きっと、気負わず等身大で普段から大切にしていることを素直に表しているからなのでしょう。彼女の人となりがにじみ出ているそんなあたたかい作品でした。

振り返ると、私は物心ついた頃から本に囲まれた生活を送っていました。父も祖父もかなりの読書家だったため家に本が溢れていた環境もあるのですが、昔から悩んだ時は本から解決のヒントを得ていたような気がします。本は(特にエッセイは)作者の人生が凝縮されています。100人の人に直接会ってお話を聞くことはなかなか難しいですが、100冊本を読んで吸収することは可能です。世の中には色んな人がいて、いろいろな考え方があり、いろいろな方法でみんな前に進んでいます。それをダイレクトに感じることができるのも本の魅力なのかなと私は思います。

最後に、ベッキーから教えてもらった言葉の中にお気に入りのものを見つけました。

『一個いいことがあったら 二個何かをがんばろう』

今日も1日がんばりましょう。

A.F