2015年2月アーカイブ

 立春を過ぎ暦の上では春になりましたが、まだまだ寒い日が続いています。統計的には、東京で雪が観測されたのは、2月が1番多いそうです。

 私は生態環境調査委員の生徒と共に月に3~4回、大井町自然再生観察園で生態観察を行っています。観察園では季節の移り変わりをよく感じられます。最近では、11月から12月にかけて多くの落葉樹が葉を落とし寒さに備えていたり、常緑樹のサザンカは青々とした葉と鮮やかな赤い花をつけていました。

 寒さが続く中、1月下旬には"ふきのとう"が10株ほど芽を出していました。また、コブシの芽が膨らんできたりと、わずかながら春の訪れを感じました。

 厳しい寒さの後に花をつけるもの、寒さに耐えるために葉を落とすもの、葉を細くしたもの(針葉樹)など、さまざまな環境下で次の命をつなぐために生きている植物たちを見ると、いつも健気だな~思います。と同時に、花の命は短く、また花を咲かせるために一生懸命光合成を行い、植物体を維持していることに生命の力強さを感じます。

 大井町自然再生観察園では4月になると川沿いにシャガの花や紫色のオオアラセイトウが咲き、明るい日射しとともにさわやかな季節になります。

 

 小さなことでも大きなことでも、一花咲かせるとき(成功させるとき:受験で合格、目標を達成など・・・)には多くの努力を必要とします。諦めず、くじけず・めげずに頑張ってそれぞれの花(合格の花?!)を咲かせてもらいたいと思います。

 

理科 O

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4月の観察園

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1月のフキノトウ

「はじめいっ!」

「胴ががらあきだ。だが...」

「きぇえええっ!」

「一本!」

 

「引き面」ではなく、振りぬいた「面打ち」であった。痛い。完敗だ。

現状を受け入れるのは大事なことだ。だが勝つためには、なぜ負けたのかを知る必要があります。

(私の高校時代の)あの時相手の胴はがら空きでした。勝てたはずなのである。だが、そう、この「だが」が問題なのだ。「中段を狙いに行けば、自分の上段が空いてしまう。一本とれなかったら、どうしよう...」 不安がよぎる。

 英語の授業で、"Don't be afraid of mistakes(失敗を恐れるな)" と、言うことがありますが、人によっては「何を気楽に言って」とムッとされたかもしれない。だが歌えど踊れど、誰も何も答えてくれないとき、私も不安に駆られるときがあるのです。

 では、「不安」とは何か。それは未だ結果の出ないものに対して、思い悩むことではないでしょうか。

 

「話しかけても、話してくれなかったら、どうしよう」「冗談を言っても、うけなかったら、どうしよう」「失敗したら、どうしよう」「...たら、どうしよう」

みな、この「たら」に苦しみ、縮こまってしまい、一本とられてしまう。

 

 恐ろしいものに出会ったら、「逃げる」のは一つの手ではあります。だが、逃げるところがなく、目の前には刀が、どうする? 刀が日常に存在していた時代、人々はどのようにしてそれに立ち向かったのか。一つの兵法歌があります。

 

切り結ぶ 太刀の下こそ 地獄なれ、踏み込んでみよ、あとは極楽

 

 目の前に刀が、確かに怖い。だが刀の先にある相手の体に触れ合うまでに踏み込めば、切ることができなくなるというのです。今にも振り下ろされんとする真剣の真下に踏み込むのです。尋常ではない。決死の覚悟です。

 「たら」や不安は常につきまとう。ただ、不安を忘れることはできるかも知れない。最後は心の持ちようではないでしょうか。「失敗してもいい」と腹をくくり、思い切った一踏みをする。

        踏み込んでみよ    勝利が見える。              by Endo