2015年11月アーカイブ

中学三年生の国語の時間に

俳句の授業をしました。

毎年している授業ですが、

今年は教科書の俳句を

勉強する前に

俳句カルタをみんなでやってみました。


ひたすらとっていく普通のやり方の他に

ビンゴを取り入れた取り方、

自分の前にあるカルタだけとっていいという取り方

などいくつかのやり方で何回かカルタ取りをしました。


繰り返しやっていくうちに

だんだんと名句を覚えていきます。

そして五七五のリズムや切れ字など修辞法が

生徒の身体に入っていくような気がしました。


教科書の授業の後

俳句を作ってみました。


カルタをしないときに比べて

リズムが良い俳句や、

切れ字や体言止めなどの修辞法を

使った句が増えたようです。


普段あまりなじみがない俳句に

自然に親しめた授業でした。


俳句で言葉の世界が大きく広がったと思います。


余談ですが

「せきをしてもひとり(自由律俳句) 尾崎放哉」が

カルタではとりやすいのか大人気でした。

咳だけ聞いて

「咳の子のなぞなぞ遊びきりもなや  中村汀女」に

お手つきする子がいて、たいへん盛り上がっていました。


※俳句カルタ:教科書に載っているような名句を四十八句選び、五七五の七五を取り札とするもの。


国語科のM

みなさん、こんにちは。お元気でしたか?美人教師Yで~す。サンタ.png東京の街は、カボチャが消えると、あっという間にクリスマスへの模様替えですね・・・。クリスマスといえば、サンタさんからのプレゼント。皆さんは、サンタさんを信じていますか。サンタさんは信じている者にしか来ないようですが・・・。我が家の小学校3年生の息子も、まだまだ学校でサンタさんの話で盛り上がっているようで、今年も我が家にサンタさんが来そうです・・・。

ところで、みなさんクリスマスにはどうしてプレゼント交換をするのかご存知ですか?クリスマスにプレゼントを贈る習慣は、いくつかのことから来ています。聖ニコラスが、人に知られずに困った人へ贈り物をしたこと。また、イエス・キリスト様の誕生の際に、東方から来た賢人達が贈り物を携えてきたこと、などがあげられます。そう、クリスマスはイエス様の誕生日なのです。それでは、イエス様にバースデー・プレゼントをあげてみてはどうでしょうか。「でも、どうやって?・・・」イエス様は、次のように言われました。「わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである。」(マタイによる福音書 25章40節より)。つまり、困っている人を助けたり、誰かに優しくしたりすることは、イエス様に対してしていることとなり、こうしてあなたもイエス様にバースデー・プレゼントを贈れるとのことだそうです。

今年のクリスマス、あなたのまわりをちょっと見渡して、小さな親切から始めてみませんか? そうすれば、きっとサンタさんからも素敵なプレゼントが届くことでしょう・・・。 すべての人にメリークリスマス!     美人教師Y

 先日、オープンキャンパスが終わりました。

 私はここ数年、「制服試着」を担当しています。このコーナーでは、まず試着室であらかじめ予約してあったサイズの小野学園の制服を着ていただき、次に隣の撮影室で写真部の生徒が撮影し、その写真をお土産としてお渡しします。受付、試着室や撮影室へのご案内、着替えのお手伝い、撮影、写真の印刷などを担当するのは生徒たちです。一人ひとりの役割はそれほど難しいわけではありませんが、お客様をお迎えしての仕事には緊張感が伴います。

 今年初めて担当する生徒もいますが(中には昨年は参加者として制服を着て写真をもらったという人もいました)1年生の時から毎年ここの担当をする人もいます。数年前には、はしゃいでしまって注意されてばかりだった生徒が今年は受付を任せておけるようになったり、以前は緊張のため案内の言葉を丸暗記していた生徒が、笑顔で自然に受け答えができるようになったり。中には、待っていらっしゃる保護者の方に「何か、ご質問などありませんか」なんて声をかけられる生徒もいました。普段とは違う特別な場面での立ち居振る舞いに、生徒たちの成長が感じられた一日でした。

高校を卒業して数十年。故郷を離れ東京に住み着いてしまい、高校の同級生との交流は今までほとんど皆無に近かった。ところが、今年の正月に開かれた同窓会(私は欠席)をきっかけに、東京でミニ同窓会をやろうと友人から声がかかった。人数は4人(笑)。クラスメートとの再会であった。

みんな中年になり、容姿がだいぶ変わった。数十年ぶりにあったにもかかわらず、ブランクを感じさせない会話。高校卒業後の進路の話から、現在に至るまでの話。そして高校時代の話題で盛り上がった。高校時代が懐かしく、改めて振り返ってみることにした。

≪母校を振り返る≫

男女共学の県立高校。我々は8期生。新しい学校であった。校庭にはサッカー兼ラグビー場、野球場。テニスコート3面、体育館2棟、柔道場・剣道場・屋外プールと体育施設が充実していた。現在はスポーツ科が存在する。国公立大学への進学は約2割弱。勉強も部活動も盛んな学校であった。

≪学校生活を振り返る≫

よく学び、部活動に励んだ。すべてが良い思い出でとても楽しい高校生活だった。

毎日英語を勉強した。したというより勉強しなければ授業についていけなかった。正解を答えられるまで着席できない・・・予習をしていかないと地獄を味わう。教科書をただ和訳するだけの予習ではついていけなかった。そんな授業で鍛えられた。おかげで長文読解もできるようになった。現在のようにグローバル教育が何とか・・・ではなく、徹底的に受験英語を叩き込まれた。そのため英会話はキッズレベルであるが、筆談なら理解できる(笑)。とにかくすごい英語の先生だった。いまだかつてあんな先生に会ったことがない。

部活動にも励んだ。スイミングスクールとの掛け持ちだったが、学校の練習が終わってからスイミングにも通った。ある時、朝練・夕練・夜練と1日3回練習をしていたら蕁麻疹が出てしまった。過労でダウン・・・それ以後無茶はやめたが、それくらいやっていた。市・県とNo.1になり皆は「すごい、すごい!」と言ってくれたが、自分としては当たり前だった。自分の目標は全国大会だった。しかし、全国のレベルはほど遠かった。

私は推薦で大学を決めた。ほとんど全員が一般受験という中、当時は非常に珍しかった。全国大会入賞等の実績もないまま推薦を選び。先生方誰もが「絶対に無理!受からない!」と言った。しかし、結果は合格。言葉は悪いが見返してやった。

私にとって高校時代に勉強し、部活動に励んだことが将来に向けての大きな一歩となった。田舎で育ったため、コンサート、テーマパークetc・・・娯楽がなかった。家にこもってゲームやネット・・・そんな時代でもなかった。大学選びも今とは全然違い、オープンキャンパス?そんなものあったかな?あっても旅費をかけて行くこともできなかった。

都会の生徒は恵まれている。本当に恵まれている。たくさんのチャンスが与えられている。よく学び部活動に励み、高校生活を有意義に過ごしてもらいたい。自分が努力したこと、頑張ったことは必ず将来の糧になる。都会の誘惑に負けず、今やるべきことを考えて欲しい。自分の高校時代を振り返って、今の高校生にエールを送りたくなった。