苦難の先にあるもの

 もうすぐ昨年の夏カナダに留学した子達が帰ってきます。どんな風にかわってきたのか楽しみです。私も海外に行ったことがありますが、初めての海外は大変でした。町のカフェで、コーヒーを頼んだところ、当たり前なのですが、コーヒーしか出てきませんでした。仕方がないので、片言で「ミルク。ア リトル」といったところ、なぜだかミルクがピッチャーで出てきたので、とても驚きました。まあ育ち盛りの18歳の少年に、配慮してくれたのだろうと思うことにしました。後日高校の先生にこのことを話したところ、きっと「リトル」を「リットル」と聞き間違えたのだろう、と。だからこれからは「リトル」ではなく、「リル」と発音しなさいといわれたので、私はそれを今日まで守っています()

 小学校の3年生時アルフレッドという日系アメリカ人が入学してきました。誰かが彼のことを「あいのこ」と呼んでからは、クラスの皆がそう呼んでからかうようになりました。「あいのこ」とはアメリカ人とのあいだに出来た子どものことを侮蔑した言葉です。ですが来る日も来る日も、彼は変わらず笑顔で登校してきました。それから一年後私が転校することになりました。信じられないことに彼は私が引っ越すことを嘆いてくれました。「今まで あいのこ なんて言ってごめん」 「僕はあいのこだから当然だよ。父と母の愛で生まれた子なんだから、僕は愛の子と呼ばれてとても嬉しかった。」 私たちの間に友情が生まれたのでした。

 海外に行くと様々な困難に見舞われます。私もあの時、「日本人だからこんなことをしたのか!」って、思えば思えたのかもしれません。アルフレッドもそう思うことも出来たのかもしれません。でも味方のいないアウェイでは、友達が欲しいものです。理解してくれる友達が欲しいものです。だから本能的に見方を変えたり、解釈を変えるのかもしれませんね。

 困難が困難だけで終わることはなく、困難は忍耐を育み、忍耐は寛容を生み出すもののように思えます。そして寛容は人を包み、1つにしていく力があるように思えます。私も彼と友達になることができました。カナダから帰ってきたあの子達もきっと苦労したことと思います。でもこの経験が、日常の困難の中でそれらを笑い飛ばしてくれる程に成長してくれていたらとても嬉しいな、って思います。不寛容な世の中といわれていますが、ジョークの1つでも言って笑い飛ばしましょ。                                                                遠藤 健一