2016年9月アーカイブ

先日、ある作家についての対談を聞く機会があった。

興味深い話が続くなか、聞いていた30代から70代くらいまでの十数名みんながいっせいに大きくうなずく場面があった。

対談者は学生の頃に、この作家の小説を順番に読んでいったが、どの書店に行ってもどうしても見つからない本が4冊あった。面白いと評判の本なのに読むことができない。「もう、飢餓状態だった」と。

確かに、以前は読みたくても手に入らない本があった。今はインターネットですぐに購入できたり、公共図書館の本が自宅で検索できたりして、本を探すために無駄足を踏むことも少なくなった。そのかわり、本を手に取ることができたときの感激や期待も小さくなってしまったような気がする。今の子どもたちは、かわいそうだな、と思って考え直した。

「『君の膵臓を食べたい』もう一ヶ月も待ってるのに返さないの誰ですか!」

「なんでこのシリーズ、おもしろいのに1巻しかないんですか?」

「この間、本屋さんで続きを見かけたんですけど図書室にも入りますよね?」

図書室ではこんな声が聞かれる。本を待つ楽しみはまだまだ残っていそうだ。

社会科のOです。

今回も小野学園の近くにある史跡をご紹介します。

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京急蒲田駅の目の前にある蒲田八幡神社です。境内の由緒書きによると、縄文時代の祭祀遺構がみられるそうです。数千年にわたって信仰の対象となっている土地ということになります。

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蒲田八幡神社に隣接する妙安寺です。江戸時代までは蒲田八幡神社と同一の境内でした。日本では仏教を民間に布教する過程で、漢文で書かれた経典が読めない庶民に理解してもらうため、在来の神道と仏教が一体のものと説明されたようで、8世紀には仏教と神道は一体化していました。この神仏習合という信仰形態が江戸時代までの日本では一般的でした。明治に入って神仏分離令が出されたことにより神社と寺院は分離しましたが、このため蒲田八幡神社と妙安寺のように神社と寺院が隣接するケースがよくみられます。

妙安寺は、戦国時代の豪族斉藤政賢の妹で、小田原北条氏の家臣だった地頭の行方義安の妻の妙安尼が夫の死後、兄の屋敷内に結んだ庵が起源とのことです。

 夏休みの職員室で聞いたライブの話です。

昭和の人気歌手「さだまさし」が、目の前で自分に話しかけてくれる。有名ミュージシャン「湘南乃風の若旦那」と一緒に写真に収まる。人気アイドルグループの「ももいろクローバーZ」が目の前でライブを行い、その後、自分の隣の席に座って話しかけてくる。そのライブ会場には200人ぐらいの人しかいないアットフォームな環境であるにもかかわらず参加費無料。

そんなライブがあったら多くの人が「いきたい」と思うのではないでしょうか。「そんなライブなんてないだろう」と思うのが普通だと思いますが、この夏休みに実際にその会に参加したインターアクトクラブの顧問の先生から聞いた本当の話なのです。

これは、さだまさしが、設立した財団法人「風に立つライオン基金」による高校生ボランティア・アワード2016受賞式(國學院大學にて)にサプライズで行われたライブです。本校のインターアクトクラブは2005年に設立して以来、近くの特別養護老人ホームに毎週のように通って、清掃のボランティア活動を続けて参りました。清掃ですから地味な活動ですし、取り立てて特別のことをしているわけではありませんが、10数年にわたって続けてきたことが認められて表彰を受けたのです。

私たちは良く「継続は力なり」といいますが、「三日坊主」という言葉もあるように、結果が出ないとすぐにあきらめてしまうことも多いようです。しかし、インターアクトクラブは、清掃という地味な活動を続けていくことを10数年続けてきたことで、人を動かし、表彰(そしてサプライズライブ)という形になったのです。

本校のインターアクトクラブの活動が、続けていくことの大切さを教えてくれたような気がします。そんな夏休みの出来事でした。

KYOU