2018年3月アーカイブ

 先日、6年生が卒業証書を手に、小野学園から巣立ちました。私が担任をしていた6B組の生徒も、全員無事に卒業を迎えました。ですが卒業式を終えた後も、生徒が卒業したという実感がわきません。勿論、頭では理解していますし、式中、HR内で込み上げてきた感情は、確かにありました。けれども、4月になれば、またいつものように、制服を着て、教室に座っているのではないか、そんな気がしてなりませんでした。週が明け、卒業式の余韻の残る教室を整備します。黒板をきれいにし、ロッカーが空であることを確認し、机を消毒し。そうしているうちに、「あぁ、もうこの教室に、6Bの生徒が集まることはないのだな」と静かに胸に広がるものがありました。

 3年前の4月、4Cの担任になった日から、いつかこの日が来ることをずっと思い描いていました。生徒と共に過ごす3年間で何を伝え、どのように接し、そして門出にどのような言葉を送ろうか。ですがいざ、卒業の日を迎え、生徒の前に立ち、息を吸い込んだ時、今ここで普段とは異なる何か特別な事を言うのは、違うのではないかと漠然と感じました。もとより、最後のHRは偉人の言葉を借りるのではなく、自分の言葉で送ろう、ということは決めていました。担任として、卒業後の生徒の道標となるような言葉を送るべきだということは理解しています。けれど、私が普段伝えたいと思っていたことは、この3年間で伝え続けていましたし、生徒はそれを受け止めてくれていました。(それが実現できていたかどうかは別の問題として。)改めて何かを伝える、と考えた時に、最後に出てきたのは「本当に大切に思っている」ということでした。

 9年間の教員生活の中で、自分の学年を卒業させるのは初めてのことです。先輩にあたる教員から「最初と最後の卒業生は特別だ」と言われたことがあります。本当にその言葉の通り、私にとって今年の卒業生は特別な存在となりました。卒業式後の母からのメールには、「ずーっと言っていた夢をかなえて、どんな気持ち?」とありました。3年間生徒を育て、担任として卒業させることは、私の1つの夢でした。夢をかなえて強く思うことは、卒業という節目は、単体で存在するのではなく、人生の長い流れの中の1つの通過点だという、ごく当たり前のことです。卒業を迎えるためには、その前に様々な困難を乗り越えなくてはなりません。無数の経験を経て、月日が流れ、卒業を迎える。そして、生徒はこれから先も、それぞれの人生を歩んでいきます。また、それは私自身にとっても同じことです。人生の中で3年と言う月日は決して長いものではないでしょう。けれど、この3年間は、私にとって何物にも代えられない月日となりました。それは、これから先の教員人生にも影響を与えるのだと思います。生徒にとっても、この3年間が、これからの人生の糧となるものであってほしいと思っています。

 生徒保護者の皆様、3年間、ありがとうございました。

6B組担任 山田 睦

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 2011年3月11日、東日本大震災。震源は広大で、首都圏においても、電気、ガス等の各種インフラが破壊され、被害は甚大でした。
 その日、3月11日に大震災が起こると分かっていたら、備えもできたのに、と思う人も多くいるでしょう。しかし、残念ながら災害が起こる「その日」は誰にもわかりません。それ故に、震災直後には、また起こるかもしれないから、避難経路をしっかりと覚えておこうとか、食料などの備蓄をしておこうとか、バッテリーを準備しておこうとか、そのときには思ったに違いありません。あれからもうすぐ7年がたとうとしています。変わらず食料の備蓄など行っていますでしょうか。避難経路の確認はしていますか。
 2014年、ある有名な女子大で、替え玉受験が行われました。なんと父親が娘のために、女装して受験に臨んだのです。不正は憎むべきものですが、親の子への愛とはこれほどまでに強いのです。「この病気、かわれるものならかわってあげたい。」「私の臓器を使ってください。私はどうなってもかまいません。」 時にドラマでこんな台詞を耳にしますが、実際親とはそういうものなのです。先の父親は教師だそうで、娘の学力では恐らく入学できないことを知り、それでは可哀想だと思い、娘のかわりに受験したのでしょう。親子で似ているとはいえ、二日目の試験で発覚してしまったそうです。親の愛は素晴らしいものですが、どんなに子のことを想ってもかわることはできません。
 震災でも、進路でも自分で備えるしかないのです。自分のかわりをできる人などいないのですから。進路は震災とは違い、高校3年で、その日がやってくることは分かっています。備えられるはずです。日にちが分かっている進路について、しっかりと備えましょう。身近な備え(日にちが分かっている期末テストなど)ができない人は、遠くの備え(震災などその日がいつか分からない事態への備え)などできるはずもありません。まずは身近な備えを今からしっかりしていきましょう。もちろん震災への備えも。