卒業

 先日、6年生が卒業証書を手に、小野学園から巣立ちました。私が担任をしていた6B組の生徒も、全員無事に卒業を迎えました。ですが卒業式を終えた後も、生徒が卒業したという実感がわきません。勿論、頭では理解していますし、式中、HR内で込み上げてきた感情は、確かにありました。けれども、4月になれば、またいつものように、制服を着て、教室に座っているのではないか、そんな気がしてなりませんでした。週が明け、卒業式の余韻の残る教室を整備します。黒板をきれいにし、ロッカーが空であることを確認し、机を消毒し。そうしているうちに、「あぁ、もうこの教室に、6Bの生徒が集まることはないのだな」と静かに胸に広がるものがありました。

 3年前の4月、4Cの担任になった日から、いつかこの日が来ることをずっと思い描いていました。生徒と共に過ごす3年間で何を伝え、どのように接し、そして門出にどのような言葉を送ろうか。ですがいざ、卒業の日を迎え、生徒の前に立ち、息を吸い込んだ時、今ここで普段とは異なる何か特別な事を言うのは、違うのではないかと漠然と感じました。もとより、最後のHRは偉人の言葉を借りるのではなく、自分の言葉で送ろう、ということは決めていました。担任として、卒業後の生徒の道標となるような言葉を送るべきだということは理解しています。けれど、私が普段伝えたいと思っていたことは、この3年間で伝え続けていましたし、生徒はそれを受け止めてくれていました。(それが実現できていたかどうかは別の問題として。)改めて何かを伝える、と考えた時に、最後に出てきたのは「本当に大切に思っている」ということでした。

 9年間の教員生活の中で、自分の学年を卒業させるのは初めてのことです。先輩にあたる教員から「最初と最後の卒業生は特別だ」と言われたことがあります。本当にその言葉の通り、私にとって今年の卒業生は特別な存在となりました。卒業式後の母からのメールには、「ずーっと言っていた夢をかなえて、どんな気持ち?」とありました。3年間生徒を育て、担任として卒業させることは、私の1つの夢でした。夢をかなえて強く思うことは、卒業という節目は、単体で存在するのではなく、人生の長い流れの中の1つの通過点だという、ごく当たり前のことです。卒業を迎えるためには、その前に様々な困難を乗り越えなくてはなりません。無数の経験を経て、月日が流れ、卒業を迎える。そして、生徒はこれから先も、それぞれの人生を歩んでいきます。また、それは私自身にとっても同じことです。人生の中で3年と言う月日は決して長いものではないでしょう。けれど、この3年間は、私にとって何物にも代えられない月日となりました。それは、これから先の教員人生にも影響を与えるのだと思います。生徒にとっても、この3年間が、これからの人生の糧となるものであってほしいと思っています。

 生徒保護者の皆様、3年間、ありがとうございました。

6B組担任 山田 睦

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