女体神社(女体大神)

社会科のOです。今回も小野学園の近く(生徒の通学圏内)の史跡・旧跡をご紹介します。

H260922南河原:女体神社 (2).JPG

川崎駅のすぐ近くにある女体神社です。南河原の鎮守です。

以下、境内の由緒書きの概要です。

神社の創立時期は不明ですが、永禄年間(1558~71)には「女體権現」と称えられていたとのことです。

南河原村は、同じ武蔵国の荏原郡八幡塚村(現在の大田区東六郷およびその周辺)の農民が移住・開墾して成立したとのことです。多摩川が洪水をおこすたびに流路が変わり、農耕が不可能な状態になったとき、一人の「女丈夫」が川に身を投じて犠牲になり、そのまごころによりそれ以後は災害がなくなったとのことです。その偉業を後世に伝えるため、多摩川辺りの俗称「ニコニコ松」の下に祠を建て、その後現在の位置に移したとのことです。

H260922南河原:女体神社 (7).JPG

H260922南河原:女体神社 (9).JPG