職員室へGOの最近のブログ記事

 私は保健室で関わった子どもの後ろ姿を、ほぼ毎日のように見送っています。見送る理由を意識するときもしないときもあります。余裕がないときは見送る回数が減り、それと連動するかのごとく、子どもと深く関わる精神的な余裕もなくなるように感じ反省しています。

 後ろ姿といえども、多くの情報を得られる場面であると私は思います。子どもによっては、保健室での様子と全く異なる歩き方・歩調・友人関係が目に入ることがあり、後ろ姿は子どものより深い?広い?理解には欠かせない情報の一つではないでしょうか。

 捻挫で強く痛みを訴えていたのに後ろ姿は小走りで、症状がさほど重くないことを確認できたり、付き添いの子ども達と手をつないで仲良く教室に帰る姿に心が温かくなったりするときがあります。また、精神的に悩んでいる子どもには振り返らない背中に向かって「無理しなくていいんだよ」「つらければ、いつでもおいで」と心の中で声をかけることもあります。

 こう考えると、子どもを見送ることは奥が深いですね。意識して見送ることで観察の仕方や得られる情報は異なります。

 明日からも、子どもとのよりよい関わりを模索しながら、意識して見送りたいと思います。

 子どもに元気をもらいつつ、元気を届けられる保健室であるために...

         保健室 H

 皆さんはナルシストというとどういう人間を思い浮かべるだろうか。自分のことが好きで、大柄な態度を取る人間のことを想像するのではないだろうか。  では、自己否定する人間というのはどうだろうか。自分に自信が無く、消極的な人間のことを想像するのではないだろうか。  ナルシストと自己否定、真逆とも思える言葉だが、自己否定型ナルシストという人間がいるというのだ。自己否定型ナルシストの発言の例としては「どうせ自分はバカだから...」などがあげられる、一見ただの自己否定の発言である。ただし、専門家に言わせればその発言の影に、周りから「バカじゃないよ、大丈夫だから」と言われて自分を安心させたいという自己承認欲求が少しでも存在していれば、それはナルシストだというのだ。  皆さんも思い返してみてください。自己をバカにする発言をする相手というのは自分と仲の良い相手であり、自分のことを認めてくれる相手なのではないだろうか。  私は、その話を聞いてから恥ずかしくなりそういう発言をできる限りしないようにしている。皆さんも自己否定型ナルシストになってないか振り返ってみてはどうだろうか。 数学科S

 こんにちは、Nです。趣味は天気予報です。九州地方の記録的な集中豪雨により、被害に遭われた皆様に心よりお見舞い申し上げます。今なお避難されている皆様、復旧作業に従事されている皆様のご安全を心よりお祈り申し上げます。
 さて、今年度「幼稚園ボランティア」を再度担当しております。小野学園は幼稚園から高等学校までの総合学園です。ここをうまく連動させたのが「幼稚園ボランティア」です。
 生徒が放課後、延長保育のお手伝いに幼稚園に伺います。飲み物やお菓子を出すお手伝いや遊びの補助をします。園児もしっかり顔と名前を覚えていてくれ生徒達のことを「先生」と呼んでくれます。
生徒達は、今年は体験年数に応じ、テーマを持ってボランティアに向かいます。今年から始めた生徒達は「子どもと関わる」がテーマです。園児達と関わってどう変化したかを考えます。2年目の生徒達のテーマは、「保育者と関わる」です。幼稚園の先生方の園児達への対応にも注目します。3年目の生徒達のテーマは、「環境を考える」です。プレイルームは日々変化しています。なぜ変わったのか理由を考えます。
 最後に全員でディスカッションし、幼稚園ボランティアを振り返るつもりです。たくさん参加してくださいね。

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早いもので、2017年も半分が終わってしまいました。
思い起こせば半年前のお正月、私は今年の目標を考えました。
①物置になっている部屋の片付けをする。
②ずっと電池が切れたままの体重計に電池を入れる。
③学校でエレベーターを使わない。
さて、この半年での目標の実行率はというと、①5%、②0%、③100%といったところでしょうか。

①について、実行できない予感はお正月からありました。
②について、簡単すぎて目標にするのも馬鹿らしく、1年あればいつかはやるだろうと甘く見ていましたが、半年が経過した今、まだ実行できていません。
こんなにダメな人間である私ですが、③だけは、100%実行できています。
何故でしょう。
理由は2つ。目標を立てたその日からやらざるを得ないけれど、実際にやることはさほど困難ではない目標であったこと。そして、目標を立てたその日にクラスのみんなに発表してしまったことです。

「ダイエットは明日から」と言って今日何もしない人は、明日もきっと何もしません。
「今、この瞬間から運動する」と決め、実行し始めなければダメなのです。
また、「宣言してしまって自分を追い込む」というのも始めやすくなる1つの手です。

勉強しなければいけないのはわかっている。いずれはやり始める。きっといつかは。と思いながら、ネットを見て無駄に時間を過ごしているあなた。
ネットを見る手を止め、「今日から毎日最低○時間は勉強する!」と家族に宣言してみてはいかがでしょうか。
そして、今この瞬間から一緒に頑張りましょう。
私も今日、必ず、体重計の電池の種類を調べます。

 5月24日、台湾から中学生の方々が本校にいらして下さいました。中3生と英語同好会、折紙インターナショナルクラブが中心となり、マンガや日本語ミニレッスン、折紙、ゲームなど、日本的なものを紹介しながら一緒に楽しむイベントとなりました。
 その数日後、今度は台湾の受け入れをした中3生が修学旅行でシンガポール・マレーシアに行き、シンガポールではホームステイ、マレーシアでは、学校訪問とホームビジットという体験をしました。
 数日のうちに、台湾からいらした方々を「受け入れ」、シンガポール・マレーシアでは逆の立場となって温かな「歓迎を受ける」という貴重な体験をすることができました。
 特にマレーシアの学校訪問では多民族国家というお国柄、マレーやインドの民族舞踊やクラフト教室など、マレーシア独自の文化紹介があり、私達を興味深く楽しませて下さいました。
 「受け入れ」の際は上手くコミュニケーションが取れなかった生徒も、逆の立場になり訪問先から温かく迎え入れてもらい、色々と感慨深く勉強になったことと思います。
 外国から日本にいらっしゃるお客様がますます増える今日この頃、自国の文化を紹介したり、おもてなしをする大切さを生徒達も身を以て学ぶことができたような気がします。国際人として、日本人として、これから成長していく生徒達に大いに期待したいと思います。

英語科H

梅雨に入り、雨の日が続きますが、ときおり雲間から覗く陽射しは強く、夏が近づいてきていることを感じます。

さて、このような時候の挨拶は、日本人なら誰でも聞いたこと、あるいは読んだことがあるかと思います。スマートフォンやSNSの普及により、手紙のやりとりが少なくなった現代ですが、このような季節を感じさせる挨拶は今でも残っています。

先日、生徒に授業で二十四節季と七十二候の話をしました。生徒も「立春」「立秋」、「夏至」「冬至」など世間で話題になるものは知っているようでしたが、それ以外のものは初めて聞いたといった様子でした。本日621日は「夏至」ですが、そのひとつ前の節季を御存じでしょうか。65日~20日前後の季節を「芒種」といいます。「芒種」とは稲や麦など穂の出る植物の種を蒔く頃のことをさします。生徒からすれば「地味」で「よくわからない」節季だと思います。しかし、これは日本人が四季とともに稲を育て米を食していたことを強く感じられる節季です。

都会に住み、日夜建物の中で過ごすことの多い私たちでも、暦を通して季節を感じることができます。それはとても素敵なことではないでしょうか。日本のこまやかな季節の変化を暦とともに感じていきたいと思う日々です。

国語科H

今週末、17日(土)は体育祭です。今日はその練習の様子を少し紹介したいと思います。

小野学園の体育祭の色分けは赤組、白組、緑組の三色です。例年、色分けは全校縦割りでした。しかし今年は、より一層クラスの団結を高めること、学年を超えた関わりを深めることを目標に、クラスごとに色分けをすることになりました。さらに、応援合戦が種目別の一つとして、得点が加算されることになりました。各色、応援団長を中心に例年以上に練習に熱が入っています。

応援合戦は全校生徒が参加します。全員が揃ってできる時間は早朝しかありません。遠方から通学している生徒も多い小野学園ですが、そこはみんな協力して30分以上早く登校して練習です。応援歌を覚えて、踊って、みんな本当によく頑張っています。

体育の授業では、個人種目の練習も行われています。徒競走などの個人種目のほか、毎年新企画の学年種目も見どころです。6年生は伝統のマスゲームの練習に力が入ります。先輩たちを目指して、先輩たちより立派な技を発表したいと日中のグラウンドで汗を流す姿は、胸を打ちます。

さて、体育祭は明後日です。お天気はどうやら大丈夫そうなので一安心。これまで頑張ってきたみんなの練習がどういう形に仕上がるのか、とても楽しみです。

6月5日(月)から3週間の予定で教育実習生が来ています。

大学で国語の教員をめざして大学では勉学に励み、その最終仕上げとしての教育実習です。

彼女は中高6年間、小野学園で学び、吹奏楽部に所属していました。中1の頃はまだ幼さの残る小さな女の子でした。初めて高校生と一緒にコンクールに参加した後はメキメキと上達し、高2では吹奏楽部初の「金賞」受賞の大きな原動力となりました。

そんな彼女から「将来は教員になりたい」と聞いたときは、とても嬉しく思ったことを覚えています。「先生なんて大変な仕事」「絶対先生にだけはなりたくない」などという生徒の声を聞くたびに、私は複雑な思いでいました。たしかに思春期の女子を相手にするわけですから、授業以外にもいろいろ苦労は絶えませんが、「未来につながる人を育てる大事な仕事」だと思っています。そんな教育の道を選んだ卒業生がいたことで、教員の道を選んだこと、その道を今まで歩んできたことに、私自身が勇気をもらったような気がしました。授業案作成、担任業務の仕事、授業見学と毎日が忙しく、寝る時間もないほど授業研究をやっていることとは思いますが、「こんな先生になりたい」という理想や熱い思いを大切に頑張ってほしいと思います。

彼女が一人前の教員として教壇に立てる日が来ますよう、心より応援しています。

笛吹きカエル

 5月25日(木)東京私立立中学高等学校協会の定期総会が行なわれ、その前半に永年勤続者として表彰されました。永年勤続者とは専任教諭・職員として25年間務めた者のことで、本校では私を含め2名の該当者がいました。このような表彰をいただくときは決まって25年間を振り返ると・・・となるわけですが、私自身はあと12年しかないと思うと寂しい気持ちになります。私にとって教諭という仕事は天職なのでしょうか。決して楽な仕事ではなく、学校や教諭に求められることも多くなってきました。しかし、私は生徒達の成長に携われるこの仕事に最大の魅力を感じています。また生徒や保護者から感謝されることもあります。そういったときはとても幸せを感じ、活力がわいてきます。まだまだできることはたくさんあると思います。今後も一教諭として倫理観と使命感を持って職務の遂行に励みたいと思います。

体育科 F

我が家には、2歳半になるおしゃべりな女の子がいます。彼女は、おしゃべりが得意で3歳半ぐらいの子であれば、口では負けないほどの日本語を習得しています。体は(遺伝的に考えても)小さいのですが、言葉を身に付けるのは早かった方だと思います。

そんな彼女が生まれた時は、この子はどこか異常があるのではないかと思うほど、ずっと泣いていました。とにかく抱いていなければ、お許しが頂けませんでした。また、赤ちゃんは寝る方法も知らないようで上手く寝ることも出来ないようです。親はなかなか寝かせて貰えません。ボロボロになりながら赤ちゃんを抱っこし、ようやく寝てくれたと思い、ベビーベットにそっと寝かせようものなら、泣き叫ぶ。彼女の背中には泣き叫ぶスイッチが付いていました。決して置いてはならない、本当に何かの爆弾かと思ったほどです。このように我が子の0歳の子育ては大変なものでした。

恐らく初めての子育てというのは、親も初めてなので上手く出来なかったということもあるのかもしれませんが、本当に良く泣いていました。私は、まだ33歳とまだまだ若輩者ではありますが、一般的にはそれなりの精神修行も積み、体力の衰えはあるものの忍耐力、精神力は貧弱な方ではないと思ってきました。しかし、いざ24時間置いてはならない我が子を目の前にして、いわゆるニュースで流れる幼児虐待を現実として起こりうるなと思ってしまったのです。子育ての経験がない時には、なぜそんなことが起こるのか全く理解出来ませんでした。子供が欲しくて産んでおいて、無抵抗な子供に対して虐待をするなんて、大人になりきれていない未熟な人間がすることで、身勝手も甚だしいと思っていたからです。もちろん今も虐待は絶対に許されない卑劣な行為だと思っています。

現代の子育ては、昔に比べて家族構成が少ないため子育てにかけられる人手や人の目が少ないのが現状で、子育てを孤独と感じる母親は多いと思います。私自身、夫も私の母も手伝ってくれましたが、やはり日中は自分と子供と2人なので、孤独を感じていた程です。幼い命を守る責任感からくるプレッシャーや誰も頼れない状況、産後の体調など、色々な要素が組み合わさって、そういった精神状態になっているのだと思います。これが産後うつというものなのかもしれません。これは、泣き叫ぶ赤ちゃんから24時間離れることのできない2人だけの環境で過ごした母親だけが感じる感覚だと思います。

しかし、同じ月齢の赤ちゃんを見てみると、本当にこれが同じ人間の赤ちゃんか?と思うほど、大人しくてずっと寝ている赤ちゃんもいました。なんて親思いの良い子なんだと思いました。もちろん自分が見ていないタイミングで泣いているのだとは思いますが、我が子がとにかく泣く子だったので、信じられませんでした。

今、2歳半になったおしゃべりな娘を見ていると、彼女が良く泣き叫んでいたのは、きっとおしゃべりしていたんだなと思います。言葉が話せない代わりに彼女の中で訴えたいものを泣き叫ぶという方法で表現していたのだと思います。今はとにかく喋り続けています。今では嘘も覚えました。2歳半でも嘘がつけるのかと勉強になります。

0歳児の子育ては、自分自身が良く生き延びたなというのが本音ですが、終わってしまえば、あっという間の出来事でした。こうした経験から個性を考えてみると、ある時期には世間から否定されることがあっても、どこで芽がでるか分からないからこそ、一人ひとりの個性を大切にしなければならないなと改めて感じることができました。